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「……ここなら誰もいないか」
士官学校の廊下を早足で歩き人気のない場所まで来る。
角を曲がるとすぐに薄暗い階段があり座りこんだ。
「全くたかだか誕生日やくだらない行事に馬鹿騒ぎか」
日付は2月14日。僕の誕生日でもあり女子が男子にチョコレートを渡し告白する日でもあるようだった。士官学校に通いだし初めて知った行事だ。
いつも以上に声をかけられいらぬ物を渡されるためこうして人気のない場所に来た。
「足音……?」
滅多に使われない部屋がある場所だとわかって来たのによりにもよって人が来るとは。
駆ける足音はやがて近づいてくる。
見上げ踊り場の陰にでも身を潜ませるかとのぼって人が去るのを待つことにした。
「あれ……?」
足音が階段下で止まり、声が聞こえる。この声はあの女かとすぐにわかる。
「キサラギ先輩こっちに来たはずなのに……どこかの教室に入っちゃったのかな?」
様子を見てみると辺りを見回しているノエル・ヴァーミリオンがいた。
「消えるなんてそんなことはないよね。幽霊じゃあるまいし……こ、怖くない怖くない」
明らかに怯えるように両腕で自身を抱いていた。
この分ならすぐに去るだろうとこちらが油断したのがわかったかのように階段を駆け上がってきた。
「キサ……きゃあっ!」
突然の行動に動く間もなくノエル・ヴァーミリオンと視線が合うと倒れ込んできた。
「……いたた」
座り込んでいた僕の上に盛大に乗りかかれられる。
「おい、早くどけ」
「ひゃっ、先輩変なところ触らないで下さい!」
押し上げようと身体に触ると変な声を上げられる。
苛立ち押し退けようとすると先に退いた。
「……キサラギ先輩いたんですね」
「貴様に関係ないだろう」
立ち上がり階段を下りていく。後ろからついてくるのがわかった。
「何か用か?」
「え、あの……」
階段を全て下り振り返り問う。
ノエル・ヴァーミリオンは俯き何かを言いかけながらも言わない。
「用がないのなら行け」
顔を上げ瞳に涙を溜めながらも動かない。
「キサラギ先輩は、何か用事があってここに来たんじゃないんですか?」
「なぜそんな事を訊く」
「……何かお手伝いできないかなと思って」
呆れたものだ。普段は怯えているというのに、手伝いをしに来たと言う。
「先輩の誕生日と聞いたので、たくさんお祝いしたい人が待ってますから。早く終わらせちゃいましょう」
こんなに僕に対して話したノエル・ヴァーミリオンを見たのはこれが初めてだった。
少尉が奇妙な赤い服を着てから一晩が経った。
たまに理解ができない。したいとも思わないし常に理解などできないだろう。
だが僕は通路を歩き私室に戻りながらぼんやりとなぜ少尉の事を考えているのか。
「停電か?」
突然明かりが消え真っ暗になる。足を止め目がなれるのを待っていると駆けてくる足音が聞こえた。
今いるのは角を曲がってすぐの場所。まさかそんなわけがないと思いたいが予感がして一歩下がる。
「きゃあっ!」
下がった瞬間勢いよく曲がってきた人影に突進され倒れ込んだ。
予想できていたはずなのに倒された自分にも呆れながらため息を吐いた。
「あぁ!すみません!すみません!」
「角を曲がる時は走るな、少尉」
「キサラギ少佐!?」
押し倒した相手がわかっていなかったようで突進してきた人影、ヴァーミリオン少尉が驚きの声を上げる。
「何をそんなに急いでいた?」
「え、えっと……」
「上官の僕に言えないのか」
僕に馬乗りのままの少尉が逃げないように腕を掴んだ。
ろくでもない理由で走っていたのならどうするか考える。少尉の反応からするとそうだろう。
「……少佐が欲しいものを聞き回ってまして」
「クリスマスは終わっただろう」
「誕生日のプレゼントで……」
ため息が漏れる。
「僕に訊けばいいだろう」
「それでは意味がないじゃないですか!」
たかが誕生日プレゼントに何の意味があるというのか。それを言ったところで少尉には通じないだろう。
「そういえば士官学校時に貰った記憶がないな」
「へっ!?そ、そうでしたっけ?」
誤魔化そうとしているのがわかる。あの時も今のように乗り掛かれたせいかすぐに思い浮かんだ。
「先にそれから貰おうか」
「……実は用意してたんですけどあの時は渡せなくて」
「関係ない。どうせこちらには持ってきていないだろう」
「はい……きゃっ」
少尉の背を押し、腕を引き寄せると顔が近づいた。吐息が頬にあたる。
「……しょ、しょうさ?」
「この場でできることでいい」
「この場……?」
少尉がどんな反応、対応をするか試してもいた。
あの時初めて僕に対してあんなに話した少尉を見たときのように予想外のことをするかもしれない。
「……っ」
長く待つ事もなく息を吸い込んだのが聞こえ、すぐに頬に感触がした。
「冷たい」
「少佐の頬は温かい、です……」
この通路は少し寒いかもしれない。早く私室に戻るべきかと考えていた時、眩しい光に包まれ少尉の顔がはっきりと見えた。
目を開く。
薄暗く狭い場所。視界には猫の尾が見える。
「起きたか、ジン」
「……ああ」
猫又の獣兵衛が起きたのを察しこちらに向く。
「もうすぐで着く」
そう言われもう一度深く目を閉じた。
冷たい感触はもうないのに目を閉じれば思い出す。
遠い昔のようで時はそこまで経っていない。
もうすぐで僕の誕生日。普段は気にも留めなかったものを思い出すのはなぜだろう。
ただ冷たい感触だけが残っていた。
あの時見えた顔は眩しい光に隠され今は思い出せない。冷たい唇の感触を思い出すように目を閉じる。
もうすぐでイカルガに到着する。目を開け到着を待った。
H25.2.6
冷たい感触
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