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夕飯を終えニューが眠ったのを見届けると後片付けをしていたラムダが近寄ってきた。

「ノエル……本当にいいの?」
「ラムダが祝ってくれたから大丈夫。凄く嬉しいよ」

ラムダの頭を撫でるとラムダは少し複雑そうな表情を見せた。

「ツバキもマコトも手紙で近々来るって話だしラムダやニューの誕生日も一緒にみんなでお祝いしよう!ね?」

ラムダを引き寄せ抱き締めると背を撫でた。頷いたのがわかり離す。

「ラムダは先に休んで」
「うん。ありがとう、ノエル」

ラムダが部屋に行くのを見送り少しその場に佇むと外へと出た。
澄んだ空の下に佇み風が吹くと目を閉じる。暗闇に覆われる。恐怖はなく身を任せた。
今日は私の誕生日だった。幼少の記憶がない私の最初に記憶がある日。統制機構を辞めてからは教会でシスターをしていた。拾ってくれたあの人のように。今はいなくなってしまったけれど。

「うひゃっ」

気配がして慌てて避けると尻餅をついてしまった。草地のおかげで痛みは軽減されても痛いには痛い。

「何だその間抜けな声は」
「ジン、にいさま?」

近寄る人影の顔が見えると見慣れた顔で呆れた表情をしながら近寄ってきた。

「こんな時間になぜ外に出ている」
「ちょっと夜風にあたりたくて」

立ち上がり服をはたく。ジン兄様が手にしている袋が気になり覗きこもうとすると後ろに隠されてしまった。

「隙だらけで外に出るな」
「だからって攻撃してこないで下さい」

氷が飛んできて避けなければどうなっていたか。相変わらず容赦がない。

「避けられないならそれまでだ」
「そうですね。統制機構を辞めて教会に移り住む条件が身を守れるようになる事でしたからね」

反対されるとは思わずにそこからのしごきをあまり思い出したくはない。おかげで最低限身を守れるのだけど。

「避けられなかったら強制送還していた」
「はは……過保護……なんでもないです」
「貴様が死のうが関係ないがな」
「はい」

睨まれてごまかすとそう言われ頷く。こんなことを言いながら守ろうとしてくれる。学生時代は堪えたけど今はむしろ心配してくれているのだとわかり嬉しくなる。

「入るぞ」
「え、はい」

教会に向かうジン兄様のあとを追った。


「ケーキ……!」

ジン兄様が隠した袋をようやく渡してくれて中身を開けるとそこにはホールのチョコレートケーキが入っていた。

「でもジン兄様甘いもの好きじゃないですよね」

ちらりと背後にいるジン兄様を見ると背を向けられてしまった。仕方ない、自分の分だけ皿に盛ろうとナイフを手にすると声がした。

「小さくていい」
「はい!」

そうして片方は小さめに切り分け皿に盛りテーブルに持っていく。紅茶も用意し椅子に座った。

「待て」

フォークを持った瞬間止められフォークを置いた。なぜか凝視され沈黙が続く。

「……Happy Birthday to you.Happy Birthday Dear Noel.Happy Birthday to you.」

息を吸う音がしたあとに響く誕生日の歌。真顔で見つめられたまま祝われ歌い終わっても制止したままになってしまった。

「……ふふっ」
「笑うな」
「だって……ふふ。嬉しくて笑っちゃいます。ありがとう、ジン兄様」

ジン兄様の顔が少し和らいだようだった。ずっと歌うつもりで考えていたのかもしれない。フォークを手に取りいただきますを告げ口に運ぶ。

「甘さが控えめで美味しいです!夜に食べても安心ですね」
「太ることは太るがな」
「う……でもジン兄様と一緒に誕生日ケーキが食べられるからいいんです!」

買ってきてくれて嬉しい。けれど一人で食べるのは少し寂しい。それをわかった上で自分でも食べやすいものを買ってきてくれたのだろう。それも嬉しくてついつい食べるスピードが早くなってしまう。

「どうかしましたか?」
「いつからそんな話し方になった?」

ジン兄様に見つめられ聞くと聞き返された。なぜそんなことを聞くのだろうとそういえばいつからだろうの疑問が重なり首を傾げた。

「学生の頃からでしょうか。ジン兄様と会ったのは久しぶりで先輩だったから」

ジン兄様とは孤児院で育った。その後別々の家に引き取られた。

「そうだったか」
「そうです、よね」

食べるのをやめ考え込む。たまにある違和感。記憶と過去が一致しない時がある。ジン兄様もそうでそれでも確かめる術もなく、事実が証明され私達の記憶がおかしいだけ。そして忘れている大切なことがあるということも共通していた。

「戻せ」
「何をですか?」
「話し方をだ」

言われて戻そうとしても口をパクパクさせるだけ。どう話していたのか戸惑う。

「……ないのかもしれないな」
「私がずっと敬語だったってことですか?」

ジン兄様が一口チョコレートケーキを含む。思案するように視線は宙を向けられていた。私も自分のチョコレートケーキを食べようとして最後の一口だと気がついた。その一口を食べて皿には何もなくなった。

「探せばいい」
「え?」

顔をあげるとジン兄様がチョコレートケーキをフォークに乗せ差し出していた。

「お前は何のために統制機構をやめた?ただ穏やかに暮らすためだけか?」

弱気になる気持ちを叱咤するように言われてハッとし口を開き勢いよくフォークを咥え食べた。

「守るためと取り戻すためです」

ニューやラムダ、私達のような孤児を守りたい。そして忘れている大切なものを取り戻したい。そのためには私が統制機構にいてはいけない気がした。

「僕も取り戻したい。だから」
「一緒に、ですね!」

難しいだろう。けれどそんなことは関係ない。やりださなければ始まらないのだから。それに一人ではない。

「……ん?」

再びチョコレートケーキをフォークに乗せて差し出され食べようとすると引っ込められた。

「口調を変えろ」
「変えろ、と言われましても」

癖のようなものだから仕方ないと言ってもジン兄様には通じない。

「食べさせてほしいか?」
「食べさせてほしい、です」

睨まれて身がすくむ。この感覚には覚えがありすぎて懐かしいのはなぜだろう。言うまでくれる気はないのかおあずけをさせられている犬のようだと思う。自分の分を食べたのに更に食べたがるなんてと思うけれどジン兄様から食べさせてもらえるのが嬉しかった。

「あ、あ〜ん!」

もうヤケになって口を開けるとジン兄様が驚いたのがわかる。すると大きく開けた口にケーキを放った。甘さが口に広がり堪能するとジン兄様が立ち上がる。

「ジンにいさ……っ」

机に手をついて顔が近づいてくるのを見上げていると唇を舐められた。

「僕の分をやったんだからこのくらいされて当然だ」

席に座るジン兄様を見つめながら頬が熱くなって赤くなるのを隠すように手で押さえた。それがわかって笑みを浮かべるジン兄様は意地悪で、チョコレートケーキをまた差し出されると身構える。食べないのか?と言いたげにフォークが揺れて誘われるように食べた。私が私として生まれた日に大切な人と過ごせることが嬉しかった。


H29.12.30

私が私として生まれた日に大切な人と
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