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いつものように執務室を訪れるとキサラギ少佐がいなかった。
正確にはいつもいるはずの机におらず、室内に足を踏み入れて視線を机から外すとすぐに姿を確認した。
「キサラギ少佐!?」
手にしていたファイルを投げ出して床に俯せになっているキサラギ少佐に駆け寄る。
「少佐!少佐!」
呼びかけながらゆっくり仰向けにして外傷がないか確認する。
外傷は特に見あたらず、見た目にはただ寝ているように見える。
「でも少佐がこんなところで寝てるわけがないし……」
口元に手をあててみても呼吸は正常のようだった。
とりあえず医務室に連れていくべき?
「ん……」
「少佐!?」
医務室に連絡をして運んでもらおうか考えていたら少佐が目を覚ましたようだった。
よかった、と安堵したのもつかの間すぐに少佐の様子がおかしい事に気がつく。
「少佐?」
目を覚ました少佐は何度か瞬きを繰り返す。きっと寝起きでまだ意識がはっきりしないだけと思いたい。
「……どこ?」
「っ!?」
不安げに表情を歪めて呟かれた言葉。いつもよりも少しだけ高い声。
その問いに返答ができないでいると少佐は当たりを見回し、目が合った。
「だれ……?」
「え!?わ、私は統制機構第四師団所属ノエル・ヴァーミリオン少尉です」
「……どれが名前」
「ノエル、です」
「……ノエル」
じっと見つめられ名前を呼ばれどきりとしてしまった。
普段は階級で呼ばれるし名前もファミリーネームでしか呼ばれた事がない。
それにこんな何も知らない瞳をしている少佐なんて見た事がない。
まるで記憶がないかのよう。そんなわけがないと否定したいのに少佐の言葉でそれはできなくなった。
「僕の名前は……?」
覇気のない弱々しい問いに不安を感じとる。
嘘ではない。嘘をつく意味もない。
躊躇する。不安な瞳で見つめられて私も不安になりそうになる。
でもここには私しかないない。
だから私は少佐の手をとって両手で包むと笑った。できるだけ少佐が不安がらないように。
「貴方の名前はジン・キサラギです」
H22.8.3
少佐が記憶喪失になりました:1
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