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「あの、大丈夫ですか?」
「別に……」

キサラギ少佐と向かいあって床に座りこんでいた。
少佐は伏し目がちに床を見つめていたかと思えば私をちらりと見た。

「少佐?」
「その“少佐”って何?」
「あ、そうですよね。貴方は統制機構第四師団長のジン・キサラギ少佐なんです。私の上官なんですよ」

説明したもののいまいちピンとこないのか少佐は少し首を傾げた。
何だかなかなか見れない少佐を目の前にして不思議な気持ち。少し幼い印象を持ってしまう。

「つまり僕はノエルより偉いって事?」
「は、はい、上官ですから」

やっぱり名前で呼ばれると凄い違和感を感じてしまう。
その違和感とは別に何だかどきどきしているのは気のせい。少佐が記憶喪失で焦ってるせいに違いない。
少佐は立ち上がると机に向かっていった。


「う、うそ……」
「早くしろ」

書類を渡されて呆然としてしまう。
偉そうなのは気のせいではないけど何だかこのほうが安心してしまう。
書類をいつものように片付けてはいるけど記憶喪失なんだよね?
どう見てもいつもの少佐だけど記憶喪失なんだよね?
何だか段々自信がなくなってきた。
実はさっきのは夢で今普通に雑務をしている少佐は現実の少佐。さっきの少佐は夢。

「聞こえていないのか、ノエル」
「えっ、あ、え!?」

返事をしようとして失敗した。
いつもの少佐なら名前で呼ぶはずがない。だからこれはやっぱり記憶喪失の少佐?


「いつもこんな事をしているのか?」
「はい。通常はこんな感じです。戦闘任務が入る事もありますが頻繁にはありません」

一通りの雑務を終えてあと少佐が聞いてきた。やっぱり記憶がないという事を実感する。
口調がいつもの少佐に戻っているから更に違う違和感を感じてしまう。
いつもと同じなのにやっぱり違う。

「そうか……僕自身に関する記憶はないが生活する分には困らないようだな」
「記憶……」

私にも記憶がない。
5年分の記憶が私の全て。
記憶がないことを少佐は不安にならないのだろうか。

「ノエル?」
「あ……すみません」
「どうして謝る」

少佐が少し心配そうに佇む私を見上げる。
これは夢なのかなとぼんやり思っていると片手を掴まれて我にかえった。

「少佐?」

聞き返してみても少佐は私を見つめるだけでやがて掴んでいた手が離れた。

「……少佐は不安ではないんですか?」
「記憶がないのに不安でないわけがないだろう」
「そうですよね……」

何を当たり前の事を聞いているのだろう。
そう、少佐だって不安なんだ。ならそばにいる私がしっかりしなきゃ。
私はしっかりと床を踏みしめるように立ち直し、少佐の手を両手で取った。

「私がいます!記憶を戻すお手伝いもしますし、戻らなくてもそばにいます」

少佐は驚いたように目を見開いていたけどすぐに柔らかく笑んでくれた。
はじめて見れた、私への笑顔。
それが記憶がないから向けられるなんて、なんて皮肉。

一瞬囚われそうになる感情を振り払うように首を横に振って、笑んだ。



H22.8.30

少佐が記憶喪失になりました:2
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