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少佐が記憶喪失になってから数日が経った。
毎朝執務室の前まで来て数分佇む。実は夢でこの扉を開けたらいつものように私に目も向けない少佐がいるんではないかと。
それがキサラギ少佐なのだから当たり前で、嫌いとかではなく私はそれが苦手で……。
と、毎朝逡巡してからゆっくりと扉を開く。

「おはようございます、キサラギ少佐」
「あぁ、おはようノエル」

やっぱりまだ少佐の記憶は戻っていない事がすぐにわかる。
少佐は無表情だったけど書類から顔を上げて私を見た。

「今日は建物内を案内してほしい」
「へ?」

突然の提案に間抜けな声が出てしまう。
建物内ってこの統制機構の?と聞く前に立ち上がった少佐に促されて、入ってきたばかりの扉からすぐに出ていく事になった。


「どうして後ろを歩く」
「あ、すみません」

案内してるはずなのにいつものように後ろについてしまい、慌てて横に並ぶ。
案内すると言っても部屋の場所や用途は少佐はわかっていて、ただ二人で建物内を歩いているだけともいえる。
意味があるとも思えないしどうして案内してほしいと言ったのだろう。

「“どうしてわかっているのに案内を?”という顔だな」
「え!?」

横にいる少佐を見上げると目があって、慌てて逸らす。

「わかりやすい顔だ」
「よく言われます……」
「建物内は把握しているのにそこを歩いた記憶がないなんて気持ちが悪い」

そう言われて納得した。
確かにそうかもしれない。そんな状況になった事がないからわからないけど、なったとしたら混乱してしまいそう。

「それもそうですね。でもなら一人でもよかったような……」
「嫌だったならいい」

呟くと少佐はそう告げて早足になってしまった。
その背中に失言してしまったと気付き駆け寄る。

「すみません!そうじゃないんです。そうじゃ……」

引き止めるために腕を軽く掴んだものの上手く言葉が出てこない。
何の目的もないのに少佐が私と一緒にいるなんて考えられなくて、違和感があるなんて言えない。それは今の少佐に前の少佐の事を言うなんて無神経だ。私ならもし前の私を知っている人がいて前の私の話をされたら悲しくなる。

「嫌か嫌じゃないかで答えればいい」

少佐を見上げるとやっぱり無表情なままだけど安心できた。

「嫌なんかじゃありません」

今はそうとしか答えられなかったけど。


H22.10.15

少佐が記憶喪失になりました:3
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