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私は何か話したほうがいいのかと迷っていた。
でも何を?
相手は六英雄の一人、ハクメン。白い巨躯は私から少し距離をとり背を向けて佇んでいた。

「獣兵衛さんもレイチェルさんもどこへ行かれたんでしょう、ね?」

恐る恐る聞いてはみるものの返答はない。
二人が戻ってくる気配もはなく、ため息を吐いて地面に座りこんだ。膝を抱えると少しだけ安心できた。
獣兵衛さんやレイチェルさんに少し説明してもらったけどちゃんと理解はできていない。キサラギ少佐を探さなきゃいけないのに一人での行動は危険と言われ、こうしている。

「……キサラギ少佐」

呟いてちらりとハクメンさんを見る。危険だと言われていても私はキサラギ少佐を探すためにここに留まっている。
会って止められる自信はない。でも会わなければいけない気がする。

「うん……」

立ち上がり、一歩後ろに下がる。段々後退速度を速めて……。

「あっ、きゃ」

踵に石か何かに引っ掛けて倒れてしまった。お尻が痛い。

「何をしている」
「へ、あ、いえ……」

二人になってからはじめて話し掛けられて戸惑う。くぐもった独特な声に威圧感を感じる。

「待っていろと言われたはずだ」
「わ、わかってたんですか……」

どうやらこの場から去ろうとしていたのはわかっていたようだった。
ハクメンさんは振り向きもせず背中を向けたまま。その背中に既視感のようなものを感じた。
誰かの背にその背が重なったような……。

「あの、以前会った事はありませんよね?」
「何故そんな事を聞く」
「私、5年前からの記憶しかなくてその前に会った事があるのかと思いまして」
「聞いてどうなる」

私が聞いているはずなのに返答はなく、逆に聞かれてしまい困る。
それ以上は何も言えずに起き上がる事もせず地面に視線を移した。

「“知らない”」
「え?」

しばしの沈黙のあとのその一言に顔を上げても光景は変わっておらず、ハクメンさんがそれ以上何か言う事はなかった。
似ていないのにどこか少佐を思い出してしまう。でも全く違う。ハクメンさんからは何も感じない。憎しみも何も。
それがどこか淋しく感じた。

「戻ったか」

え?と声を出す前に目の前にレイチェルさんがいた。

「あら、どうして座りこんでいるのかしら。ただ待っていただけなのに疲れたなんて事はないでしょう?英雄さん何かしたの?」
「あ、あの!私が勝手に転んでしまって!」

ハクメンさんに顔を向けたレイチェルさんに慌てて言うとレイチェルはこちらに顔を向けて少しだけ微笑んだ。

「そう。貴女は何もないところでも転びそうね」
「こ、転びません!あっ」

慌てて立ち上がるとよろけてしまう。恥ずかしさをごまかすように地面を踏み締めて立て直した。
立ち上がって顔を上げるとハクメンさんが少しだけこちらに顔を向けている気がした。
でもそれは私に向けてではなくレイチェルさんを見ているようで、見るとレイチェルさんは顔を少し俯かせていた。

「レイチェルさん?」
「何?」
「何か、あったんですか?」

レイチェルさんはふっと自嘲気味に笑った。

「何かはあるけれど何もできないのよ」

それは今の私にも言える事で何も言う事ができなかった。
ただ見ている事しかできない。でも見ていなければいけない。それが唯一できる事だとすぐに痛感した。


H22.9.24

それが唯一できる事だとすぐに痛感した
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