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「ノエル、手伝って貰ってごめんなさい」
「ううん、気にしないで」
放課後の教室。
私とツバキは残って書類の整理をしていた。
「ジン兄様、忙しいのに他の人に頼まないから」
心配そうにしながら書類をまとめていくツバキ。
「でもツバキがこうして手伝ってくれてるからキサラギ先輩は助かってるよ」
「そうだといいんだけど」
キサラギ先輩は士官学校内でも評判のいい人だった。
でもどこか踏み込めない雰囲気を醸し出していて特定の仲のいい人はいない。
唯一ツバキだけがキサラギ先輩の近くにいて、こうして手伝いを申し出て頼まれる。
昔から知っている仲なのもあるのだろうけど、認める何かがあるのだろうと思った。
私はキサラギ先輩が苦手で、それは明確な殺意を感じてしまったからだった。
そんな私にキサラギ先輩の事がわかるはずもない。
ツバキだけが知るキサラギ先輩が私には想像できなかった。
「ノエル?」
「え、あっ、ごめん。そろそろ帰るね。用事があって……」
ツバキの声に我に返り、時計を確認するとキサラギ先輩が戻ってくる時間が近づいていた。
まとめかけの書類をツバキに渡すとツバキの表情が曇っている事に気がついた。
「最後まで手伝えなくてごめんね」
「それはいいの。でもノエルがジン兄様を避けている気がして」
これが初めてではなかった。キサラギ先輩が来る事がわかっている時は会わないようにその場所から逃げる。
できるだけ接触しないようにしていた事にツバキが気付かないわけがなかった。
「……気のせいだよ」
「そうよね……ごめんなさい。でもノエルとジン兄様が顔を合わせるとノエルが……」
顔を背けて否定したのでは肯定しているようなものなのに、ツバキは追求してこなかった。
ただ言うはずではない事を零してしまったかのように呟かれ、不自然なところで言葉が切られた。
持っていた書類が置かれて、ツバキの両手が私の手を握りしめた。
「ジン兄様は大切な人だけどノエルもそうなのよ?だからもし何かあったら言ってね」
別に何かをされたわけではない。私にも理由のわからない殺意を向けられただけ。
だから言えるわけがなかった。
ツバキに優しげに話すキサラギ先輩が理由もわからず殺意を向けてきたなんてツバキには言えない。
だからきっと私の勘違いなんだ。
「本当に大丈夫だよ」
「そう?」
「うん。やっぱり最後まで手伝っていくよ」
今の私にできた大切な友達を困らせたくはない。
ツバキはずっと尊敬してる大切な人が私に何かしたんじゃないかとまで疑ってくれたんだ。
ツバキは優しい。改めて目の前にいる友人の優しさに触れて、逃げてはいけないと思った。
「ありがとう、ノエル」
「こちらこそありがとう」
渡したまとめかけの書類を再び手にして、作業に戻った。
ノエルとツバキ
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