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「今日はやけに帽子を気にしているな」
「はっ!え、そそそんな事ないですよ!?」
通路を歩きながらふと気になっていた事を口にしてみた。
すると言葉とは正反対な態度でそんな事はないと返してくる。明らかにそんな事があると態度が言っている。
「僕には関係ない事だけどな」
「そうですよね……」
「気にしてほしかったのか、少尉」
歩を緩めた少尉を追い抜かしてから振り返る。
朝からずっと帽子を掴んでいた。今もそうだ。決してその帽子が取れないように。
「そういうわけでは」
「お前は本当に軍人に向いていない」
「よく言われます……」
段々と落ち込む顔を俯かせていく。
でも決して帽子から手をはずそうとはしない。
「少佐!?」
「何だ」
「ぼ、帽子がっ」
僕が目の前まで近づいたのにも気付かなかったのか、帽子に触れられてから少尉は顔を上げた。
帽子を取ろうとするとそれに抵抗して両手で帽子を押さえてくる。
「ここじゃ、ちょっと」
「別にいいだろう」
大方寝癖とかそんなくだらない理由だろう。そんな理由でいちいち目につくような事をされるのは腹が立つ。
だから帽子を取ってやろうと思った。
「駄目です!」
「無駄だ」
「あっ!?」
力比べならこちらが優位に決まっている。
帽子を取りさると予想外なものが目に入り、何も言えなかった。
「まだあります?」
「……あるな」
普段は見せる事のない長い髪が帽子を失い流れる。
その髪以上に目についたのはぴくぴくと動くのは猫の耳だった。
そういう種であるならばついていても何の問題もない。
しかし少尉は人だ。違う種が混ざってもいないはず。
「朝起きたらついていたし、説明もできませんから必死に隠してたのに」
「それはまたあからさまな隠し方だな」
それでも少尉はうまく隠せていたと思っているのだろう。
「誰か来るみたいだな」
「えっ!あ、帽子」
足音が聞こえ、音がする方に顔を向ける。音から一人だろう。
少尉は慌てて僕の手から帽子を取ろうとする。しかしその手から帽子を遠ざけた。
「少佐、っ!?」
少尉を引き寄せ頭を抱えるように抱きしめる。
何かを訴えるように声を上げるか胸に押さえつけてるためか何を言ってるかはくぐもってよくわからない。
「キサラギ少佐、あ……」
「何だい?」
青年は目に入った僕に挨拶をしようとして状況を把握したらしかった。
「すみません!」
謝ってそのまま走り去ってしまう。
相手の顔はわからなかったろうが普段から何となく察しただろう。
「ん〜!」
手を振り回し訴える少尉をようやく離すと少尉は荒れた息を整えた。
「何をするんですか!」
「何って隠したんだ」
「帽子をかぶれば済んだのに……あぁ、私ってばれてなければいいけど」
「あれは少尉だとばれてるだろうな」
「そうですか……」
たかだか抱きしめていたぐらいで勘違いされるなんて面白い。
実際は何でもない関係も普段の噂があれば一つの行動でまるで真実のようになってしまう。
「少佐のファンって怖いんですから勘弁して下さい」
「遠ざけられてちょうどいいだろう」
少尉はため息を吐くと再び帽子に手を伸ばした。
でもやはりその手は帽子を掴む事はできない。
「隠したんだからお礼ぐらい言ってほしいな」
「っ……ありがとうございます」
少し不服そうにしながらもお礼を述べる。
今度こそと帽子に手を伸ばしてもやはり帽子に手は届かない。
「何か不服がありそうだな」
「そんな事は……」
一歩近づくと一歩後ずさる。そんなに幅のない通路ではすぐに壁際へと追い詰められる。
「少佐、帽子を……いたっ」
壁に軽く背をつけながら俯き、それでも帽子に手を伸ばす。
その帽子を床に落とし、猫の耳に軽く噛み付いた。
「少佐……?」
何が起こったのかわかってない様子だ。それもまた面白い。
だから今度は先程より強く噛んだ。
「いっ……!」
「本物みたいだな」
「本物、です。だから噛むのを……いた」
逃げられないように両肩を壁に押し付けて、軽くまた噛む。噛む度に微かに耳が動いた。
「感謝する気になったか、少尉」
「はい、ありがと……ございます」
噛まれる感覚に堪えるように途切れさせながら今度は不服もなく礼を述べる。
もっとも最初から礼を言わせたいわけじゃない。
「少佐、離れて下さい。んっ」
今度は舌で舐めると甘さを帯びた声が漏れた。
そしてようやく身体を離す。
床に落とした帽子を拾い、渡そうとして少尉の顔が赤い事に気がつく。
された事への羞恥なのか、自分の事への羞恥なのか。
どちらでもいい。
一日中目についた腹いせができたのだから。
「それが早くなくなるといいな」
「少佐に噛まれてたらたまりませんから早くなくなってほしいです」
少尉は帽子を受け取り顔の前で握りしめる。それで顔の赤みなど隠せるはずがない。
「少尉」
「っ……」
言葉はないが頭の上にある耳がぴくんと動く。
何かを期待してるかのようなそれを見るのは嫌ではなかった。
H21.8.28
何かを期待してるかのようなそれを見るのは嫌ではなかった
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