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ノックの音に応対すると執務室の扉が開いた。
誰かなど興味はないが時間からするにヴァーミリオン少尉だろう。

「キサラギ少佐、お茶をお持ちしました」

幾度となく聞いた言葉。
だがすぐにカップが置かれ音が聞こえる事はなく、また何かしでかしたのかと渋々顔を上げた。

「何をしている」

よく見ればトレーに乗ってるものはカップではなく湯呑みだった。
どこにあったんだ、そんなもの。
少尉は僕の言葉に反応する事なくジッと湯呑みを覗きこんでいる。

「ヴァーミリオン少尉」
「へ?あ、はい!すみません、少佐!」

慌てて顔を上げて謝罪してくる。
呆れて何も言えずにいると少尉は見つめ続けた湯呑みを机に置いた。
嬉しそうに。

「前にツバキに教えて貰ったんです。茶柱っていうのがお茶の中にあるといい事があるって」

そんな事で嬉しそうにしていたのか。
茶柱が立っていようがなかろうが味は代わらない。
よくわからない奴だと思いながらも口にする事はせず、湯呑みを取った。

「きっといい事ありますね、キサラギ少佐」

そんな言葉の聞いたあとに飲んだお茶は薄かった。


気付けば統制機構の施設にいた。
ベッドに横たえた身体は起こそうとすると痛んだが数日経った今はだいぶ良くなってきていた。
だが起こす気もなく、ただぼんやりと天井を見つめる。

「兄さん……」

今はあの時のような昂揚感はない。
あのあと兄さんがどうなったのか。それを確かめようとする気持ちにもなれなかった。

変な夢を見てしまった気がする。
“いい事”などあったのだろうか。兄さんがラグナ・ザ・ブラッドエッジだとわかった事だろうか。
馬鹿馬鹿しい。あんな出来事を思い出すなど。ましてやたかが茶柱にいい事があるなど当てる事も引き寄せる事もできはしない。
酷く無気力ではあるのに何故か今の状況を新鮮だと感じてしまい目を閉じる。
今こうして夢を見て、馬鹿馬鹿しい出来事を振り返るのも多少なりとも悪くはないと思う。

『きっといい事ありますよ、キサラギ少佐』

「お前のいい事など小さい事だろう」

笑ってしまう。
たかが茶柱を見ただけで嬉しそうにして、それでは“茶柱を見た”という事がもう“いい事”のようだ。

「馬鹿な奴だ」

カグツチの支部で少尉を見た気がするが記憶は朧げだった。
いたとしたらどうなったのかなど僕には関係のない事だった。
できるならばもう会いたくはない。過去を思い浮かばせ、奇妙な感覚に普段は動かないものが動かされる。

数日後。
数日前の無気力感などなかったように何かに突き動かされ、僕はカグツチに再び向かっていた。

ジンとノエル
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