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「おやおや、無視ですか」

統制機構内の通路で前方から黒い人影が向かってきた。全く視線を動かさずに真っ直ぐ歩きすれ違う。
わざわざ振り返ってやり呼び止めると足が止まった。

「何か用件でしょうか」
「貴女の昇進に口添えしたのは私ですよ、ツバキ少佐。良かったですね、貴女の大好きなキサラギ少佐と同じものがくっついて」

見下す態度を隠すつもりもない。もはや捨て駒としてゴミのように捨てたはずが生き残った。
自分の目的にはもう必要がない駒。だから確率事象の中でも取り繕わずに詰った。
正史となった今はどうだったかなど覚えていない。覚える必要がない。だがどうあれ、こいつはこちらから滲み出す見下すものを感じ取ったのかカグツチから戻ってきてから敵意を見せるようになった。

「……失礼します」
「待てよ」
「私なんかと話してるお暇が貴方にはあるんですか?視界にすら入れなければいい。貴方の視界になんて入りたくもない」
「……言うようになりましたね」

一瞬罵声を浴びせかけて飲み込む。煽るような言葉に乗ってやるのが癪だった。

「今にも崩れそうで帝にしがみついた貴女にそんな態度がとれるとは思いませんでしたよ」
「私は帝に従っただけ。貴方には何もしていただいてませんし、何もしてもらいたくありません」

瞼を上げると敵意を剥き出しにしたツバキ・ヤヨイが微かに怯えを見せながらも平静を保った。以前なら怯えて顔を背けたのに。大したものだとは思わない。滑稽だった。

「近寄らないで!」

声を上げるなど馬鹿だと思いながら壁に追い込み片腕を頭上の壁に押し付け閉じ込めた。
強がって逸らさなかった顔も今は俯いて怯えに瞳が揺れている。

「仮にも軍人なら声を上げる前に退避しないと駄目ですよ、ツバキ少佐」
「……離れて」

端から見れば誤解されそうな体勢で囁く。
こちらに触るのを嫌悪するように両腕は胸に宛て縮こまる。

「てめぇは何もできないゴミだ。いや、生き残っちゃったからタチの悪い戦えない女か」
「私はっ」

はっきりと口にはしても顔も上げられない。
脆い。虚勢を張っているだけ。なのに自分は綺麗だと言いたげに黒く染まった外見に身を包み、自分の中の何かを守っているような顔が鼻についた。だからそれを壊してやりたくなった。

「っ……嫌っ!」

声を上げて横に押し退けられた。
耳を押さえてこちらを睨み、すれ違い走り去って行った。

「そういえば私に背中は向けたがりませんね。ずっと」

本当にそうかはわからない。ただ思ったから口にしてみただけだ。
走り去る背中を振り返り見つめ唾を吐いた。噛まれた耳を押さえるだけしかできない。穢らわしいとでも言いたげに睨む事しかできない。

「穢れとは何でしょうね」

おかしなものを見たかのような笑みが漏れ、去った方に背を向け歩き出した。


H25.10.15

ハザマとツバキ
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