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食べられそうな感覚の中で。


「レイチェルおばあちゃんのところに行ってくるね」
「転ばないようにね」

マコトお母さんに持たされた籠を腕に掛け扉に向かった。

「心配しすぎだよ。いってきます」

そうして家を出てレイチェルおばあちゃんの家に向かう。籠の中が気になりながら見てはいけないという言いつけを守りひたすら向かう。

「……あれ?」

一人で向かうのははじめてとは言えど迷うことはない、と思っていた。でも行けども行けども見慣れた場所にでない。

「地図持ってくればよかったかな」
「地図を持っていても無駄だろう」

背後から声がして振り向く。視界には覆い繁る木のみ。かと思えば一本の木から何かがはみ出していた。

『森にはこわーい狼がいるからね。ノエルなんてあっという間に食べられちゃうから奥に行ったらだめだよ。男は狼、じゃなくて狼は危険だからね』

マコトお母さんに言われていたことが過り後ずさる。見えるのは大きな尻尾。

「お、おおかみっ」

この場を離れなければと駆け出した。ひたすら駆ける。足をもつれさせながらも転ばずに森を抜けた。


「それで?」
「怖かったんです」

レイチェルおばあちゃんの家に辿り着き息を整えながら道中の恐怖を語った。けれどなぜか呆れたように息を吐かれる。

「ノエル、これが何のお話かわかってるの?」
「お話?」
「わかったわ。物語通りなんて退屈だけれど出会わなければ始まらないのなら私が運んであげる」
「えっ」

辺りを黒い靄が現れ抜け出そうとしても先に覆われてしまった。

「ひゃあっ」

地面に放り出され顔を草で軽く擦ってしまった。確認しなくてもわかる駆け抜けた森だった。もう何も見たくないと地面に突っ伏したまま動こうとしない。熊に会った時は死んだふりって聞いたし狼もそうかもしれない。
草を踏みしめる音が近づき目の前で立ち止まったのがわかる。

「のえるずきん」
「っ!」

呼ばれて反射的に顔をあげてしまった。

「おおかみさん?」

大きな耳に大きな尻尾。でも大きな口ではない。どこか懐かしさを覚える顔だった。

「食べられにきたのか」

屈みフードを被る私の顔を覗きこんでくる。先ほどの恐怖はなく不思議な感覚がした。

「何の真似だ」

大きな耳に両手で触れると触り心地のふわふわした感触がして離しがたい。

「おおかみさんはどうしてこんな奥にいるんですか?」
「……貴様のように怖がる者がいるからだ」

尻尾を見ただけで逃げ出したことが過り申し訳なくなる。怖がらせないように籠るのか、怖がられて傷つくからなのか。どちらもなのかどちらでもないのか。

「いい加減手を離せ」
「嫌です」

指先を擽る毛先と温もりから離したくなかった。離せば離れていってしまう気がしたから。

「食べられにきたのかと先ほど言っただろう」
「食べませんよね?おおかみさんは誰かを待っていたように見えますから」

離さずに見つめる私を見つめ返すおおかみさん。食べるための大きな口はない。なのに顔が近づいてきてフードの端を両手で掴まれた。
口が微かに開かれたのがわかったあとは暗闇に包まれた。全ての感覚が唇に集中しているのではないかというほどに、食べられそうな感覚の中で。


H28.9.27

ジンノエ+レイチェル+マコト
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