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きっと少しだけ笑ってくれたと思いたい。
「ノエル、痛くはない?」
「だ、大丈夫です!」
椅子に座り赤の女王ツバキ様に耳をブラッシングしてもらっていた。最初は断ったものの日課だからと言われてしまったら断る理由もなくなってしまった。
「おかしな、ノエル」
「おかしいですか!?」
優しく触れられ心地よさに目蓋が重くなりかけていた。変なところがあったのかと目が覚める。
「緊張しているから。まるで何もかも忘れてしまったみたい」
少し寂しそうに聞こえ心苦しくなる。忘れたわけではない。私は赤の女王に仕える白兎ということは覚えている。なのに違和感があった。どうしたら自然なのかわからない。確かに大切な人なのに。
「ごめんなさい」
「ノエル……。このあとはお茶にしましょう?そうそう」
ブラシがテーブルに置かれお茶の用意をするためか部屋を出ていこうとしかけ振り返った。
「猫には気をつけて。決して耳を貸しては駄目よ」
猫と聞き返しかけて表情が険しくなり聞き返せなかった。
「断罪しなければ」
呟きは確かに聞こえ部屋を出ていった。
「急がなきゃ急がなきゃ」
早く城へ行かないとと森の中を走る。
「おやおや、お急ぎですか?」
声が聞こえ足を止めてしまう。けれど姿は見えない。
「ゆ、ゆうれい!?」
「待ってください」
その場を逃げ出そうとして引き留められる。腕を捕まれて。
「腕、だけっ」
「ああ、すみません。全体を現すの忘れてました」
腕から先が現れ猫耳を生やした男性が現れた。
「チェシャ猫です。初めまして、ノエル兎さん」
「は、はじめまして」
礼儀正しく挨拶をされつい返してしまう。
「貴女は本当に城に行きたいんですか?」
「え?」
「貴女は違う場所に行かなければいけない」
腕は離れず、でも離されても私は動けなかったかもしれない。怖い。なのに抗う術を持たない私は立ち尽くすしかない。
「さあ、行きましょう」
「煉獄氷夜」
冷気が満ちたかと思うと腕が離れチェシャ猫さんは飛び退いた。
「アリスのご登場ですか」
冷気の靄の先にシルエットが見え次第に晴れていき男性だとわかった。ただしスカートを着用している。エプロンがついていて可愛らしい。
「私は役目を全うしているだけなんですけどね」
「舞台から降ろすことは惑わす以上のことだ。消えろ」
細身の刀を振ると氷の塊がチェシャ猫さんに飛んでいく。しかしチェシャ猫さんは顔以外を消し氷の塊を避けた。
「またお会いしましょう、ノエル兎さん」
そう言って残していた顔も消えていった。
「……あの、ありがとうございます」
刀を鞘に納めるスカート姿の男性を見つめお礼を伝えた。こちらに視線が向けられびくつく。
「白兎か」
「はい」
「アリスは白兎を追うんだったな」
「え?あ、はい」
何のことだろうと思いながらつい頷いてしまうと片手が上げられ何かを掴むように握りしめられた。
「ひっ」
それが私に生える長い耳を掴む動作に思え耳を押さえる。一歩近づかれ、一歩後ずさる。走り出すまで時間はかからなかった。
「何で追ってくるんですか〜!」
「逃げるからだろう」
「追いかけてきたから逃げたんですよ!?」
「貴様が白兎だからだ」
そうだ私は白兎。アリスに追われながら気づかずにひたすら急ぐ。本当にそうだろうか。
「あっ!」
躓き地面に伏してしまった。痛む。どこが痛むのだろう。何度も痛んだ気がする。
「追われたから逃げる。白兎だから逃げる。本当にそうなら自分では決められない愚図だな」
真上から声がする。違うと叫びたくて、違わないと呟く自分がいる。地面に顔は伏せたまま。
「私はアリスを捕まえたいから掴みます」
手を伸ばし顔を上げ男性の足首を掴んだ。男性の表情は確認できなかったけれどきっと少しだけ笑ってくれたと思いたい。
H28.9.29
ジンノエ+ツバキ+ハザマ
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