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記憶を失っていても失っていなくても。
少佐が記憶喪失になって数日。表面上は問題なく過ごせている。
「ノエル、この書類の後ろのページは?」
「え!?あ、あぁ!」
慌てて立ち上がり、また慌ててファイルから書類を取り出そうとしたら床にばらまけてしまった。
「すみません!」
拾うために屈む。するとキサラギ少佐も一緒に拾い始めた。拾いながらちらりと見てもやはり表面的には何も変わらない。けれど今の彼は私をノエルと呼ぶ。
「怖い?」
「え?」
視線を下げ拾い続けていると問われ顔を上げると視線があった。
「たまに怖がってるから」
「怖がっては……いえ、怖いです。でも!」
俯き記憶喪失前のキサラギ少佐を思い出す。視線が痛くて、配属されてからは怒られたりもした。だから苦手意識がないと聞かれればある。でもそれはキサラギ少佐が私を嫌いなのだろうと思うからだ。嫌われている相手に接するのは躊躇する。けれど誤解はされたくなくてすぐに顔を上げた。
「尊敬しています!私以外には優しいですし任務への姿勢や戦闘能力も」
キサラギ少佐は少し驚きながらも笑みを浮かべ拾った書類を渡してくれた。
「嫌いではないのか」
「好きですよ!」
誤解されたくない一心で口にしてしまい、口にしてから恥ずかしくなる。これでは告白したように誤解されてしまう。
「す、すきなんですけどっ!その……」
書類を持つ手に力が入ってしまいそうで立ち上がり書類を置いた。
「キサラギ少佐は私が嫌いだったと思うんですけど私は嫌いじゃなくて」
うまく言えずにいるとキサラギ少佐が残りの少佐を拾い置いてくれた。
「記憶を失う前の僕がノエルをどう思っていたのかはわからない」
その言葉に少しショックを受けながら、私を傷つけないよう安易に嫌っていなかったと慰めようとはしないのがキサラギ少佐らしくも思えた。
「今もノエルを見ると燻る何かがある。だから自分の意思とは関係のない要素もあるんじゃないか」
私からは少し視線を逸らし自分の中でも考えをまとめているようだった。言われてなぜ私だけにあんなにあたりがきついのかと思っていたことが腑に落ちる気がした。真実はわからなくとも。
「なんて。今の僕はノエルがいるからこうして今までのように過ごせてるから助かってる」
重くなりかけた空気を切り替えるように再び笑みを浮かべた。
「補佐になれてませんけど。もっと役に立てるよう頑張ります」
拾った書類の束から先ほど渡そうとした書類を抜き差し出す。それを受け取り少佐は席に戻った。
「もっと自信を持て。それからだ」
背を向け書類を整頓しているとそう言われ振り返った。前にも似たようなことを言われた。自分を卑下することは逃げだと。
「私はキサラギ少佐の秘書官です!」
今の自分の役割を精一杯全うしたい。それが記憶を失っていても失っていなくても。
H28.10.2
ジンノエ
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