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「今日は騒がしいな」
通路を歩きながらせわしなく行き交う人を煩わしく思いながら口にした。
「へっ、あ、そうですね」
少し後ろから歩いてくるヴァーミリオン少尉があからさまな反応をしながら答える。
特に問い質す必要もないだろう。これ以上不快な思いをする必要もない。
知らなくても感じるこの浮かれた空気は実に不快だった。
「少佐!少し遠回りをしませんか」
「何を言っている少尉。それでなくても少尉は作業に時間がかかるのに、それ以上の遠回りをどうやってする気だ」
「すみません……」
それ以上は何も言う事はなく執務室へ戻るだけだった。
なのにヴァーミリオン少尉が僕の前に出てそれを阻んだ。
「私は先に戻りますから、少佐はゆっくり休憩してきて下さい」
気のせいか“ゆっくり”が強調されていた気がする。
が、それも無視して少尉を横切った。
「少佐!?」
これ以上は面倒なのでさっさと戻ってしまおうと足を早める。
情けない声が後ろから聞こえるが無視をした。
「少佐はこういった行事を好まない事は知ってたんですっ。でもやっぱり少しぐらい楽しんでもらえたらと思って……決して、決して!少佐を怒らせたいわけじゃなくてですね」
「うるさいぞ、少尉」
そうしているうちに執務室へ到着し、扉を開けた。
それでも制止させようとする声など振り切って。
「しつこいから何かと思えば何もないじゃないか」
「え?」
僕の声に少尉は肩越しに部屋を覗きこんだ。
「少佐?」
「なんだ」
「いえ、あの」
部屋を覗きこむのをやめ言いにくそうにする。
そんな無駄な態度をとるならさっさと言ってしまえばいいものの。
「ノエルか」
「えっ!?」
部屋の隅にあるものに気付き呟くと少尉は驚きの声を上げた。
その声で今口にした言葉が不快なものだと気付く。
「いい、お前はもう帰れ」
「……やっぱり不快にさせてしまいましたか?」
部屋の中に入るとすぐに追うように少尉が後ろについてくる。
上官が帰っていいと言ったのならおとなしく帰ればいいものをこいつは何故帰らない。
「大方ツバキ達と約束でもしたんだろう。お前の誕生日は名が表しているとツバキから聞いた事があるからな」
ノエル・ヴァーミリオン。安易だがいい名だとは思う。
あいつと同じ顔で同じ名前でなかったというのもあるが。
「もしかして私の誕生日だから早く帰っていいという事ですか?」
「ツバキが待たされていると思ったからだ」
「ありがとうございます!」
先程までとは違い明るい声での返答。
これで帰るかと思えば少尉は部屋を出て行こうとはしなかった。
「何故帰らない」
「ツバキ達とは別の日に約束してるんです。ツバキも少佐に迷惑はかけられないからって私の休みの日に合わせてくれて」
「そんな事は聞いていない」
少尉は部屋の隅に置かれた小さな木に近づくとそれを持ち上げた。
電燭が飾られているが電源が入っていないのか光ってはいない。
「部屋用に買ったクリスマスツリーなんですけど持ってきてしまいました」
どこまでも的外れな事を言ってくる。
通路で騒がしかった連中も浮かれていたのはクリスマスだからか。
少尉もあの連中と同じように浮かれているようだった。自分の誕生日なら尚更だろう。
「ツリーを飾れば少しは楽しいかと思いまして」
「飾って何の意味がある」
「綺麗ですよ」
自分から部屋を出て行った方が早い気さえしてきた。
少尉は木を机の上に置くと何やら木をまさぐり始めた。
「いつもの仕事もツリーがあるだけでクリスマス気分で楽しいです、よっ」
そう言うと電燭に光が点りチカチカと光を放つ。
少尉はそれを嬉しそうな表情で眺めた。
何がそんなに嬉しいのかわからない。
「帰らなくていいのか」
「はい。仕事早く終わらせましょう」
机に置いていた持ってきたファイルを手にしてやはり嬉しそうに言う。
やる事はいつもと同じ事なのに何がそんなに嬉しいのか。
「早く終わったらケーキでも買ってこい」
「本当ですか!?」
「早く終わったらだ」
「はい!頑張ります!」
でもこの浮かれた空気も不思議と不快なものがなくなる。
わからないのに少しだけ付き合ってもいいかなど考えてしまう。
そんな考えはいつもはないこのクリスマスツリーのせいに違いない。
特別な言葉なんて言わない。
これは日常なのだから。
少しだけなら非日常とは言わない。
そんなはじめて認識して過ごしたノエル。
H22.1.9
少しだけなら非日常とは言わない
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