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「トーマ?」

目が覚めて起き上がる。
格子越しに部屋を見渡してみても誰もいない。トーマがいない。

「トーマなら出掛けたみたいだよ」
「いつ?」

私が起き上がって空いた空間にオリオンが座った。
狭い檻だから私が横になると隙間がなくなってしまう。だからオリオンは私が眠っている時は檻の外にいる。

「一時間ぐらい前かな?」
「そう……」

膝を抱えて身体を丸める。最近は起きたらトーマが必ずいたからいないと寂しい。檻に閉じ込められているのに閉じ込めた相手がいないと寂しいなんて。トーマだからそんな事は関係ない。

「トーマの事嫌いになったり……するわけないよね」
「うん」

嫌いという感情はなかった。ただどうしてという疑問だけ。
トーマはどうして私を閉じ込めるの?
私はどうしてトーマの事を嫌いにならないの?恐怖を感じないの?
好き、だから?

日ごと疑問に思っているのに答えは私の中になくて段々思考は鈍ってきていた。
一歩手前まで来たはずなのに私は思い出せなかった。

「オリオン、お願いがあるの」
「なに?」
「トーマが帰ってきたらしばらく外に出ててほしいの」
「……わかった」

もう時間は残されていない。だから最後にトーマと二人きりになりたかった。
きっとトーマの事が好きなんだろう。でも好きになった時の記憶がなくて、記憶がなくなってからの数週間の記憶さえ消えてしまいそうで、私自身が消えてしまいそうで怖い。
だから考えずに思うままにしたい事をしたかった。

「あ、帰ってきたみたいだね」

玄関から物音がしてオリオンが格子をすり抜けて出る。
私の前で屈むオリオンを見つめる。悲しそうなオリオンに安心させるように笑む。うまく笑えたかはわからないけど。

「ごめんね」

何度聞いたかわからない謝罪の言葉。オリオンは悪くないと首を振るとオリオンは泣きそうになりながら立ち上がった。

「起きてたのか。ただいま」

トーマが部屋に入ってきて入れ違うようにオリオンが出ていく。きっと泣いている。優しい精霊に心の中で謝罪と別れを告げた。

「どうした?」
「おかえりなさい、トーマ」

トーマが私の前に座る。
手が伸ばされて引き寄せらるように近づく。でも格子が邪魔をして冷たい感触に触れて止まった。

「俺の事怖い?」
「怖くないよ」
「外に出たい?」
「……トーマは?」

幾度となくしてきたやりとり。トーマは自分を好きかどうか聞かない。怖いか嫌いか。出たいか逃げ出したいか。
だから今までとは違う事を、考えずに、考えられずに口にした。

「俺に聞くのはおかしいだろ?」
「おかしくないよ。私はトーマと……」

口が止まった。
何か言いたいはずなのに動かない。言いたかったはずなのに考えられない。

「俺と……?」

小さく聞き返された言葉。どこか怖がるように不安そうにするトーマ。
なのに何も返せなくて格子の隙間から僅かに指先を出して、格子の前まで伸ばされていた指に触れた。
私の手は冷えていてトーマの体温が指先からじんわりと伝わる。懐かしいと感じるのにその懐かしいはずの記憶はない。

「トーマ……私ね、トーマと一つになりたいの」
「お前何言って……」
「トーマは今の私も前の私も知ってるからトーマの中でずっと残してほしい」
「それなら今だって」
「怖いの、怖いのトーマっ」

トーマの言葉を遮る。もう保っていられない。
人差し指を掴む。せめて触れていたい。

「俺は守ってやれるのか?」
「うん……」

トーマの指先がやんわりと振りほどかれ離れていく。
すぐに出入口の鍵が外され扉が開かれた。

「おいで」

広げられた両手。躊躇いもなく飛び込むと両手は私を包んで閉じ込める。
段々感情さえもわからなくなっていく。ただこのままでいたい。この温もりに包まれていたい。

「怖くないから、ずっと守るから」

トーマの囁きに目を閉じると身体が後ろに倒される。
瞳は閉じたままトーマの感触に支配されていく。それが心地よかった。
服は脱がされる事はなく、布越しの愛撫がもどかしくてもっと触ってほしいとねだった。
下着が取り払われて直に触れてくれる。足を広げられて膝から生暖かい何かが身体の中心に向かってなぞっていく。感じた事のない感触に足を閉じそうになって腿を押さえられて更に広げられた。

「はっ……トーマ、トーマぁ」

息が乱れていく。駆け抜けていく快感に口を手で押さえると身体が揺れた。

「おかしくなりそう」

ぼぉっとすると頭。トーマの呟きが聞こえて下半身からトーマの温もりが離れた。
微かに金属音がして再び腿に手が触れたようだった。抱えるように僅かに腰が浮く。

「ごめん」

謝らないでと口にしたくてもできなかった。貫く痛みに息ができない。
トーマからも苦しそうな息づかいが漏れ聞こえてくる。痛いのにトーマが私の中にいると思うと嬉しくなる。

「……トー、マ」

両手を上げるとトーマが覆い被さった。髪を撫でてくれて痛みが和らいでいく。もしかしたらもう痛みも感じなくなるぐらい意識が混濁してきてるのかもしれない。
それでもよかった。

「……トーマ」

両手でトーマにすがるように抱きつく。忘れないで、ずっと一緒にいて。貴方の中で。

「ずっと一緒にいる」

トーマの声を聞きながら、全てでトーマを感じながら私は目を開けた。
トーマの顔を見て私はきっと笑った。
そして意識を、私が先に閉ざす。もう先の記憶も前の記憶もいらない。
トーマがずっと一緒にいてくれるから。


H23.11.11


【Dark:キオク シャットダウン】
お題配布元:私のセカイのただし方

キオク シャットダウン
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