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家までの帰り道。
後ろから視線を感じて気づかれないように確認すると見知らぬ男がいた。
気のせいかと思いしばらく歩いてみても一定の距離をあけてついてきている。
もしかしたらあいつの例の嫌がらせに関与してるかもしれない。だけどそうだとしたら俺があいつの知り合いだとわかってつけているのか?
普通に話しかけても駄目だろうと路地裏に向かう事にした。

「トーマ」

路地裏までくると案の定俺が人気のないところまでくるのを待ってたかのように声をかけてきた。

「俺の名前知ってるんですか?あいにく俺のほうは覚えがないんですけど」
「そうだね。君は俺と会った事がないから」

長髪の男は口調は柔らかく、攻撃的なものは感じなかった。でも油断はできない。

「会った事もない人がずっとついてきてるって怖くないですか?相手が女性ならストーカーだと思われますよ」
「君は突然彼女の話をするとそれからは全く聞いてくれなくなるから落ち着いて話せる機会を待ってたんだ」
「彼女?」
「そう、君の彼女。あ、僕は彼女のストーカーとかじゃなくてちょっとした顔見知りってだけなんだ」

男の言葉に俺は更に警戒を強めた。
俺とあいつは付き合っていない。何が目的かは知らないけどわざわざあいつの彼氏だと勘違いして近づいてくるなんて怪しすぎる。

「それで用件は何ですか?」
「できれば彼女としばらく離れてほしい」
「は?」

予想外な事を言われて間の抜けた声が出てしまった。
今離れるわけにはいかない。今、こんな事態だからこそ離れてはいけない。
俺はあいつを守りたいのだから。

「彼氏なのに彼女から離れるっておかしいですよね。好きならなおさら。しかも見知らぬ他人から言われて離れるわけがないじゃないですか」
「でも君と一緒だと彼女が死んでしまうかもしれないんだ」

またおかしな事を言われたけれど今度は声なんて出なかった。
あいつが死ぬ?しかも俺が一緒にいると?

「……何を言ってるんだかわかりませんよ。俺があいつとずっと一緒にいるのに守ってるはずなのにそんな」

平静を装いながらも視線を逸らしてしまう。浮かぶのは家にある檻。その中にはあいつがいる。

「その願いが彼女を殺すんだ。お願いだ、少しでいい。彼女をどこか別の安全な場所へ……」
「信じられるわけないだろ!」

もう冷静ではいられなくなっていた。
俺のそばから離れたら俺があいつを守る事ができない。

「他人なんて信じられない!あんたも含めてだ。俺だけがあいつを守る。もう少しなんだ。もう少しで……」

終わる。俺はあいつから離れなければいけない。
何度考えて納得させようとしても目眩がした。こめかみを押さえてふらつかないようにする。
もうこんな男に用はない。俺は路地裏から立ち去ろうと顔を上げた。

「そうだよなぁ。もう少しなんだよ、オレも」

明らかに男の雰囲気が豹変してした。それだけではなく、手にはナイフを持っている。

「何が目的だ」
「お前を殺して、鍵を奪って、あいつを殺しに行くんだよ」

嘘に決まってると思いたいが男の凶悪さを感じさせる表情にそれは逃避でしかないと気づかされる。すぐにこの場から離れたほうがいい。
しかし俺のほうが奥にいるためどうしても男の横を通らなければいけない。

「トー……マ、早く」
「え?」

男が突然苦しそうな表情になると凶悪さが一瞬消えていた。

「早く……逃げるんだ。そして彼女を助けて」

男は必死に訴えかけてくる。
それでも男の言う助け方を俺は受け入れる事ができなかった。
だから何も言わずに駆け出した、はずだった。

「あーあ、だから言ったんだよ。トーマとは離れたほうがいいってな」

男の横をすり抜けようとした瞬間力が入らなくなり、膝から崩れ落ちた。
呼吸が荒くなる。痛む腹を押さえると酷く熱かった。
地面に倒れ伏してしまうが男の足で仰向けに転がされる。

「っ……はっ」

少しの振動が響いて全身が痛む。
男は俺を見下げながら血のついたナイフをちらつかせた。

「お前の勝手な願いがあいつを遠ざけてんだよ。そんなこともわからねぇのか?」
「……だれの……手も届かない、なら……それでいい」

男は笑う。俺を馬鹿にするように空に向かって笑う。

「なっ……」

俺はその隙をついてナイフを奪うと男の身体に沈ませた。
もう狙いを定める力なんてない。だからどこに刺さったかなんてわからない。

「トーマ……」

ナイフを引き抜くと男は地面に突っ伏してしまった。
早く。早く帰らないと。あいつのそばにいかないと。


「トーマ!?」

あいつの声で我にかえった。どうやって家に帰ってきたのか記憶にない。
檻の鍵を手にして檻に近づくと彼女が何か声をかけてきている。
でももうあまり聞こえない。檻を開けて俺に寄ってくる彼女を押し戻して俺も無理矢理檻に入った。

「トーマ」

俺の名前が聞こえて彼女を抱き締めた。
狭い檻の中ではくっつかないと入ってられないけど彼女となら狭くてもいい。ずっと触れられる。

「トーマっ」
「ごめん」

口からやっと出たのはそんな言葉。
時間がなかった。だから話す時間もなく、俺は彼女の胸にナイフを突き立てた。
この体勢では力が入るかが不安だったけどうまく身体の中に沈んだ。
できるなら長く苦しませたくはない。

「……トーマ」

泣きそうになりながら苦悶の表情を一瞬浮かべて彼女は目を閉じた。
身体の力がなくなり俺にもたれかかってくる。
受け止めるように強く抱き締めた。

「好きだ……ずっと」

声になったかはわからない。
もう目を開けている事もできなくて、ただ離れてしまわないように腕に力をいれた。

最後まで誰の手にも届かない塔に閉じ込めていくよ。
俺が届かないとしてもお前を守れるならそれでいい。


H23.10.4


【君を閉じこめる場所5題・塔】
配布元:リコリスの花束を

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