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「いっそ誰の目にも触れない地下にお前を閉じ込められたらいいのにな。冷たい地下でならお前は俺を求めてくれるのかな」

トーマの呟きに私は顔を上げた。
格子越しに口元に手をあてて私を見つめるトーマ。
その呟きに返答はせずに顔を俯かせた。


あの日、抜け出したのを見つかってから今まで以上にトーマは私を閉じ込めた。
トーマが出かける際には手錠をつけられて鍵はトーマが持っていく。
檻は壊れているとわかっても私を檻の中に入れ続けた。
あれから情報が新たに入る事もあるはずがなく、記憶は戻らないまま。

「何の力にもなれなくてごめんね……」

オリオンは私の気を紛らわそうと話し掛けてくれていた。
でも私が記憶を取り戻さないとオリオンは離れられない。辛いのは私だけじゃないから気を使わないでというとオリオンは悲しそうにごめんとだけ言った。
それからはたまに話し掛けたりこうして謝ってくる。せめて一緒に檻に入ってると私の後ろにいてくれる。それだけでよかった。

「どうした?」

声は出さずに首を振る。

「俺の事嫌いになった?そりゃあそうだよな。こんな事してれば……でも出してあげないよ」
「……わからないの」
「何が?」

手に力が入ってスカートの裾を掴む。
わからない。わからない。
わからなくてぐちゃぐちゃになっていくのにどこかで何かが冷えていく。
私はもうすぐで何も考えられなくなってしまうんだろうか。何かが留めるのにまわりは冷えていく。しがみつきたいのにそれが何かわからない。

「……トーマの事を私はどう思ってたのかな」

ずっと考えていた。でもわからないまま。だからつい口に出してしまった。
トーマの返答はない。
しばらくして手錠から繋がっている鎖が音を鳴らした。視線を向けるとトーマが鎖を引っ張っていた。

「知る必要はないよ。俺も、お前も」

手繰りよせるように鎖を引かれて私は前に乗り出して格子を掴んだ。
その私の様子にトーマは笑う。

「前に俺は魔王かなって言ったよね。勇者はきっと来れない。それならお姫様は魔王のそばにいるしかない。たとえ地下に閉じ込められても」

檻の鍵が開けられて格子から手を離すと開かれた。
格子越しではないトーマが私に手を差し出す。
何も言わずに私を見つめてくる。

この手をとったらどうなるんだろう。
わからなくて、でもどうしようもない見えない檻から連れ出してくれる?
言いたい事があったはずなのにその言葉を持たない私と一緒にいてくれる?
この冷えていくような感覚から私を救い出してくれる?

「トーマ……」

差し出された手はとらずにトーマの胸に飛び込んだ。
ずっとトーマの事ばかり考えていたのにどうしたらいいかわからなくてただ俯くしかなかった。
だけど知らなくていい、わからないままでいい。
あたたかい腕が私を抱きしめてくれて、靄のようなものが晴れた気がした。


「トーマ、トーマ」
「そんなに呼ばなくてもすぐに着せてあげるよ。もっと呼んでいいけどね」

トーマが選んできた服を着せてくれる。
着せ終わると目を細めて笑って頭を撫でてくれる。

「トーマ」
「わかってるよ」

私が腕を伸ばすと抱きしめてくれる。

「次はどうしたい?」
「……トーマ」

私は彼の名前を口にする。
私の世界には彼しかいないからそれ以外は必要ない。
ただトーマがそばにいてくれる。ずっと一緒にいてくれる。

「地下牢なんて必要ないよな。もうお前にはここしかないんだから。お前は覚えてないだろうけど」

トーマが嬉しそうに耳元で囁いたけど私には意味がよくわからなかった。
ただトーマが嬉しいだけで私は幸せになれた。


H23.9.11


【君を
「いっそ誰の目にも触れない地下にお前を閉じ込められたらいいのにな。冷たい地下でならお前は俺を求めてくれるのかな」
トーマの呟きに私は顔を上げた。
格子越しに口元に手をあてて私を見つめるトーマ。
その呟きに返答はせずに顔を俯かせた。

あの日、抜け出したのを見つかってから今まで以上にトーマは私を閉じ込めた。
トーマが出かける際には手錠をつけられて鍵はトーマが持っていく。
檻は壊れているとわかっても私を檻の中に入れ続けた。
あれから情報が新たに入る事もあるはずがなく、記憶は戻らないまま。

「何の力にもなれなくてごめんね……」
オリオンは私の気を紛らわそうと話し掛けてくれていた。
でも私が記憶を取り戻さないとオリオンは離れられない。辛いのは私だけじゃないから気を使わないでというとオリオンは悲しそうにごめんとだけ言った。
それからはたまに話し掛けたりこうして謝ってくる。せめて一緒に檻に入ってると私の後ろにいてくれる。それだけでよかった。
「どうした?」
声は出さずに首を振る。
「俺の事嫌いになった?そりゃあそうだよな。こんな事してれば……でも出してあげないよ」
「……わからないの」
「何が?」
手に力が入ってスカートの裾を掴む。
わからない。わからない。
わからなくてぐちゃぐちゃになっていくのにどこかで何かが冷えていく。
私はもうすぐで何も考えられなくなってしまうんだろうか。何かが留めるのにまわりは冷えていく。しがみつきたいのにそれが何かわからない。
「……トーマの事を私はどう思ってたのかな」
ずっと考えていた。でもわからないまま。だからつい口に出してしまった。
トーマの返答はない。
しばらくして手錠から繋がっている鎖が音を鳴らした。視線を向けるとトーマが鎖を引っ張っていた。
「知る必要はないよ。俺も、お前も」
手繰りよせるように鎖を引かれて私は前に乗り出して格子を掴んだ。
その私の様子にトーマは笑う。
「前に俺は魔王かなって言ったよね。勇者はきっと来れない。それならお姫様は魔王のそばにいるしかない。たとえ地下に閉じ込められても」
檻の鍵が開けられて格子から手を離すと開かれた。
格子越しではないトーマが私に手を差し出す。
何も言わずに私を見つめてくる。

この手をとったらどうなるんだろう。
わからなくて、でもどうしようもない見えない檻から連れ出してくれる?
言いたい事があったはずなのにその言葉を持たない私と一緒にいてくれる?
この冷えていくような感覚から私を救い出してくれる?

「トーマ……」
差し出された手はとらずにトーマの胸に飛び込んだ。
ずっとトーマの事ばかり考えていたのにどうしたらいいかわからなくてただ俯くしかなかった。
だけど知らなくていい、わからないままでいい。
あたたかい腕が私を抱きしめてくれて、靄のようなものが晴れた気がした。


「トーマ、トーマ」
「そんなに呼ばなくてもすぐに着せてあげるよ。もっと呼んでいいけどね」
トーマが選んできた服を着せてくれる。
着せ終わると目を細めて笑って頭を撫でてくれる。
「トーマ」
「わかってるよ」
私が腕を伸ばすと抱きしめてくれる。
「次はどうしたい?」
「……トーマ」
私は彼の名前を口にする。
私の世界には彼しかいないからそれ以外は必要ない。
ただトーマがそばにいてくれる。ずっと一緒にいてくれる。
「地下牢なんて必要ないよな。もうお前にはここしかないんだから。お前は覚えてないだろうけど」
トーマが嬉しそうに耳元で囁いたけど私には意味がよくわからなかった。
ただトーマが嬉しいだけで私は幸せになれた。



H23.9.11

【君を閉じこめる場所5題:地下牢】
お題配布元:リコリスの花束を

地下牢
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