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「トーマが止めないのって何か意外」
「お前ね、今は勉強中だってわかってる?」

トーマの家に押し掛けて勉強を教えてもらっていた。
普段から世話焼きの兄貴風吹かせている幼なじみに頼るのは不本意だったけど今回はそんな事言ってられない。

「休憩がてらいいけどさ。で、何の話?」
「バイト」
「あいつがやりたいなら口出ししないよ。仕送りだけだとバンド関係は厳しいだろうし」

オレ達二人のもう一人の幼なじみの少女。オレがこんなに必死に勉強している理由でもある。

「バンドもよくやらせたよな」
「シンは俺を何だと思ってるんだ?」
「過保護すぎる世話焼きな幼なじみ」

トーマは苦笑いを浮かべた。自覚があるんだろう。

「そんな過保護な幼なじみである俺はシンに合格させるために勉強を教える、と。はい、再開」

言われて問題に戻った。


このあと俺はあいつに告白して、トーマに付き合いだした事を報告した。
驚くのはわかってたけどそれ以外の思いもあったなんてこの時には気づかなかった。
気づいていればトーマを止められたんだろうか。それともどうにもならなかったんだろうか。


あいつと別れて一ヶ月が過ぎた。
大丈夫だ。そう思ってるし信じてる。ただあの事件があってそのままではいられるはずもなくて別れた。
あいつは少なからずともトーマに少し揺れている。信じてないわけじゃない。
でももう一度最初からはじめるために、もう一度好きになってもらわなくてはこの不安定な感覚はなくならないと思った。

予備校が終わり外はすっかり陽が落ちて暗かった。
一時的に寒さが緩和されたかと思ったらまた寒さが戻ってきた。
今年の夏は寒かったななんて思いながら予備校の出入口の脇に佇み携帯を開く。

“帰りには気をつけてね。寒いからあったかくして寝るんだよ。風邪ひいたらすぐ行くから呼んで”

「お前はトーマか」

まるでもう一人の幼なじみみたいでおかしくて呟く。
受験なんだからと前よりも更にこういったメールが増えた気がする。
嬉しいけどやっぱり触れたかった。メールのやりとりはしていても会えていないから余計触れたくなる。今の自分にそれは許されないけど。

「シン」

聞き覚えのある声に顔をあげる。
携帯を勢いよく閉じてその人物の名前を口にした。
「……トーマ」



「無視するんじゃないかと思ったよ」

車で予備校前まできたトーマに送ると言われ、そのまま車に乗った。
トーマと会うのはトーマが犯人だと告げた時以来だった。互いに避けざるを得なかった。
真実を知るオレとそれを知られたくないトーマ。だからトーマから会いにきたのには驚いた。

「別に無視する理由ないし」
「お前はそういうやつだよな」

沈黙。
こうして会っても以前のようにはもう話せない。
トーマに話さなくてはいけない事はあった。だから到着するまで待つ事にした。

「シン、俺の家に来てほしいんだ」
「何で?」
「あいつが話があるって。三人で話したいからって」

運転しているトーマの横顔を見る。でも表情からは何も読み取れなかった。

「わかった」

だからそう答えるしかなかった。


トーマの家に着いて、あがる。そこまで久しぶりでもないのにもう来れない予感がしていただけに懐かしさを感じてしまった。

「お前が前に来たのは証拠を探しに来た時だよな」

部屋に入ってトーマがキッチンで飲み物を用意しながら言う。トーマの事だからオレが無断で入った事に気づかないわけはないと思っていた。でも何も言えなかった。
やはり暴いてしまった罪悪感があってトーマの後ろ姿から視線を外した。
トーマがあいつを好きだという証拠。
あってほしくはなかったけどそれはあった。今は処分して手元にはない。
あいつが思い出せないなら証拠なんて意味がない。トーマに自分がやった事から逃げずに認めてほしかっただけだ。あいつが思い出さないかぎりトーマはずっと隠し続けるだろう。

「紅茶でいいよな。砂糖はたくさんいれておいた」
「ありがと」

テーブルの上にティーカップが置かれる。
トーマも向かいに座ってティーカップに口をつけた。
自分の前に置かれたカップを見つめて飲む。温かくて甘かった。
そして中身が半分ほどになったカップを置いて口を開いた。

「トーマ、オレとあいつ別れたから」

けじめだった。
トーマが付き合ってると思い続けていたらフェアではない。オレが一度壊してしまった幼なじみの関係ならばトーマもあいつに思いを告げられるかもしれない。そしたらトーマもいつまでも隠し続けずにあの事件を認められるかもしれない。
思いを告げられてあいつがどう答えるかはわからない。でもこのままでいていいわけもなかった。
あいつを信じると共にトーマを信じたかった。

「知ってるよ。あいつから聞いた」

カップを置いてトーマが告げる。
てっきり三人で話というのは別れた事を話すのかと思っていた。トーマが知っているならあいつは何を話すつもりなんだ?

「シン、お前は多分俺とお前を同じラインに立たせたいとか思ってるだろ」
「あいつに気持ちを告げる立場っていう意味なら……」

トーマが額に手をあてて俯く。肩が微かに揺れている。笑ってる?

「無理だよ、シン」
「無理?」

聞き返すとトーマがこちらを見る。睨むような鋭い眼差しに戸惑う。

「お前は壊せるかもしれないけど俺はそのあとが怖い。戻れないならこのままのほうがいい」
「いつまでそんな事言ってるんだよ。そんなのただ臆病なだけだろ」
「臆病か。確かにそうかもしれない」

トーマは立ち上がってオレを横切って部屋の奥へ進んでいく。それを振り返りながら目で追っていった。
そしてクローゼットの前でトーマは立ち止まった。

「結局お前が用意したラインも俺には無意味で告げられなかった、壊せなかったんだよ」
そう言ってクローゼットが開かれた。
「なっ……」

中にはオレ達の三人目の幼なじみでオレとトーマの思い人がいた。目隠しをされて。

「なにし、てっ……」

助けようと立ち上がってよろける。そのまま床に突っ伏してしまう。身体に力が入らない。

「シンは本当優しいな。普通言うだろ?“お前を傷つけたのはトーマ”だってさ。シンの言う事なら信じるよ。証拠もあったし。あんなの見せられたら会いたくなくなる。そうするべきだったんだ」
「トーマ……オレは」
「シンは優しいから俺の気持ちも考えた。俺を信じた。でも信じちゃいけない。壊せないのに俺は壊れてるんだから」

暗転していく意識の中、トーマの声が響く。

最後にトーマがおやすみと呟いて意識は途切れた。


H23.11.16


【君を閉じ込める場所5題:密室】
配布元:リコリスの花束を

密室-Shin side-
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