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数日後。検査に異常はなく、経過を見るということで退院した。
入院する時に賞味期限が近い物は持って帰ったため、冷蔵庫の中にはあまり食料もなかった。
そのため買い出しに行くことになった。

「シン、予備校は?」
「え?」

前を歩くあいつとシンの会話が聞こえてくる。
ちらりとこちらを見るシンに特に反応は示さなかったけど、俺が予備校の事を教えたのを察してすぐに会話に戻った。

「ない時間に来てる。トーマがサボりとか許すわけないし」

俺もシンもあいつの記憶がない事に気がついていた。
日常的な事は覚えている事に安心はしたが、俺達との事やバイト、大学、両親がどうしているか等を聞こうとするとこちらから引き出そうとしたりごまかそうとする。

『記憶がないこと、わかってるって言った方がいい』

退院が決まった直後にシンにそう言われたが俺はそれを受け入れなかった。

『言わない理由があるのかもしれない』
『……トーマはいつもそうだ。あいつが傷つかない道をぎりぎりまで探す』
『当たり前だろ』
『でもそれは臆病なだけに見える時もある』

シンはそれ以上この話題は出さずにいてくれる。
前を歩く二人をぼんやりと見ながら、ふとここから自分が抜けたらどうなるのかという考えがよぎる。
もしかしたらシンだけのほうがいいのかもしれない。


「あいつ迷ってたりしないよな」

ショッピングモールでの買い物中にあいつは一人で行きたい場所があると言った。
男が入りにくい店かと推測して待っている事になった。

「お前も心配性だよね」
「トーマに言われたらおしまいな気がする」
「そうかもね」

何をするでもなくショッピングモール内にある椅子にただ座る。
心配じゃないわけではない。少し考える時間が欲しかったのかもしれない。

「トーマ?」
「ちょっとあの店見てくる」

立ち上がった俺に声をかけてくるシンに先にある店を指して示す。
何も言わないという事を承諾と受け取り店に向かった。

少し小さめなアンティークショップ。何てこともない物なのに異様に店先に飾られている鳥籠が目についた。
僅かな隙間しかない鳥籠。内からも外からも扉を開けなければ何もできない。
それが綺麗だと感じた。
閉じ込めてしまえばよかったんだろうか。

「……違うな」

俺は一人だ。自分で創った鳥籠に閉じ込められている。
その中にあいつと閉じ込もってしまいたいんだ。
飛び立てたはずなのにそれができずに鳥籠を選んだ。俺はあいつという存在に囚われて閉じ込もっている。独りで。

「トーマ?」
「え、あ……買い物、終わったのか?」

突然呼び掛けられてもその声の主が誰だかわかった。
いつもより無表情に近い顔で見上げてくる幼なじみの少女。

「うん」

あまり口数も多くはない。

「鳥籠を見てたの?」
「そう、綺麗だなと思って」

俺の言葉に鳥籠をじっと見つめて指先でそっと触れる。
開けたら引き込んでしまえるのになんて馬鹿な事を考える。

「え?」

小さな音を立てて鳥籠の扉が開かれた。開くわけがないと思ってたからか疑問の声が出る。

「鳥を飼う物だけど鳥籠だけで置いておいてもよさそう」
「そう?」
「オレ待たせて何してんの?」

頷いたと同時に背後からシンの声がして振り返る。

「昼食べるならそろそろ行かないと混む」
「……そうだな。行こうか?」
「うん」

返事をしたのをしっかりと聞いて、鳥籠には背を向けて二人に並んで歩き出した。


H24.4.2


【君を閉じ込める場所5題:鳥籠】
配布元:リコリスの花束を

鳥籠:2
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