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それから数日、記憶が曖昧であっても日常に慣れていこうとするあいつを見守った。
このまま徐々に記憶が戻ってくれたらいい。
そう願う気持ちもあるのに、思い出したあとあいつは俺に何て言うのだろうかと考えると怖くなった。

「不審人物?」
「そう、何かたまに視線感じる」

陽も沈んだ頃。予備校が終わったシンと落ち合いあいつのバイト先に向かっていた。
バイト先からあいつの住むアパートまでは人通りの少ない道もある。記憶が曖昧な状態で見知らぬ人物に話しかけられて万が一騙されて連れ去られても困る。
だからこうしてシンと一緒、もしくは交代で迎えに行っていた。

「誰かわからなかったの?」
「姿は見せないからわからない。トーマは感じなかった?」
「俺は特にはないな……」

考えてみても思い当たらない。不自然に見られ続けていれば気づくはず。

「まさかトーマがいない時を狙ってる?」
「まさか。それじゃあまるであいつをどうにかする隙を狙ってるみたいじゃないか」
「俺はトーマより力ないし狙うならトーマより俺と一緒の時だろ」

シンの言う事も一理ある。でもあいつを狙う奴に思い当たらない。無差別ならずっとつけてる意味もない。

「一人にしない方がいいかもしれない」
「どうするの?」

被害にあわなければ警察に届けても無駄だ。被害にあってからでは遅い。

「シンの家に」
「却下。もし押し入られたらどうするんだよ。トーマの住んでるマンションのほうがいい。俺もしばらくはそっちで寝泊まりするから」
「決定、か」

拒否する理由もなかった。襲う理由があれば何かしら仕掛けてくる。理由がなければ諦めるだろう。

「それは困るんだよなぁ」

その声で気がついた前方からの人影に気がついた。
前に出ようとするシンを腕で制して止める。

「誰ですか?」
「この世界ではお前か、トーマ」

こちらは知らぬ人物に名前を呼ばれる不快感。
声の主が近寄ってきて長髪の男性だとわかるがやはり見覚えのない人物だった。
気味の悪い笑みを浮かべながら手にしているのはナイフ。

「貴方があいつを狙ってた人ですか?」
「そうに決まってんだろ?」

わざと丁寧に聞くと男性は楽しそうに笑った。その笑みと街灯にナイフの刃が反射して危険だとわかる。あのナイフは脅しではない。
シンを止めるために出していた手を下ろす。その瞬間シンは後ろに走り出した。

「なっ……」

だが同時に俺の横を男性が横切っていく。

「シン!!」

危険を知らせようと後方に声を張り上げたが人影は重なっており、すぐに一つは倒れた。

「シンっ!」
「お前の考えはお見通しってな。おかげで何度も捕まったしな。本当お前が相手が一番ヤりにくいんだよ」

駆け出しかけて止まる。駆け寄りたいのに行けば負ける。俺までいなくなったらあいつはどうなる?
シンに駆け寄りたい。今なら間に合うかもしれない。思考が鈍る。

「お前の目の前でシンをヤればいいって早く気がつけば良かったんだよな」

男が近づいてくる。声も出ない。恐怖よりもシンに気がとられて次に何をすればいいのかがまとまらない。
近づく。ナイフが、身体に近づいていく。

「トーマ!」

一瞬男の視線が後方に向けられた時に気がつけばよかった。
目の前で少女が倒れた。
俺に向けられていたはずのナイフは少女に刺さった。
呆然と見下ろすと男が屈み少女からナイフを抜き取る。暗がりでも地面を何かが染めていくのが見えた。

「お前を囮にしたほうが出てくるんだもんなぁ。本当イッキのFCが絡んでない時はやりにくいから助かる」

男が何を言っているのかがわからない。
わかるのは大切な少女が俺を庇ったという事だけ。

「……っ、あ……」

屈んだまま楽しそうに笑いながら少女を見る男からナイフを奪い取り、左の胸を狙って刺した。
先ほどまでの混乱など嘘かのように思考ははっきりとしていた。敵は男で、殺さなければいけないという簡単な事。
でも普通なら思い至らない思考。
くぐもった声が聞こえ体重がかけられる。押し返して地面に転がし仰向けにした。ナイフはそのまま男に埋まっている。

「はっ……」

男は虚ろな目で俺を見たがすぐに地面に倒れる少女に顔を向け、目を閉じた。

遠くからサイレンの音が聞こえる。
震えた手で少女を抱き上げる。赤く染まった身体は動かなかった。
道の先に倒れていたシンのそばまできて少女の身体を下ろす。
まだ温もりのある二人の手を握りながら目を閉じると涙が落ちた。


それから目撃者の証言からあの男が加害者だとわかり俺は正当防衛ということで終わった。
そう、終わった。
身元不明の男。結局なぜあいつが狙われたかなんてわからない。
あいつもシンもいなくなってしまった。
大学をやめて引っ越そうと思ってもできなかった。
何も変わらない日常を過ごしている。
あいつとシンがいない日々なんて何があるのだろう。

「ただいま」

あのあと購入した鳥籠に向かって呟くように告げる。
中に鳥はいない。扉は閉じられている。
ベッドにはアルバムが広げられていた。あいつとシンの写る写真。
ずっと片付けずにこのまま寝ている。
ベッドに腰かけてあいつの写真を手にする。

「……俺はお前をずっと閉じ込めるよ」

幼なじみという関係は変わらない。俺の創った世界にお前は残る。俺もずっとここにいる。
俺が生きているかぎりお前もいるのだから。

結局鳥籠の鍵を開けなかったのは自身だった。
開かないと嘆きながら開ける事に怯えた愚かな鳥籠の主。


H24.4.3


【君を閉じ込める場所5題:鳥籠】
配布元:リコリスの花束を

鳥籠:BAD
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