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レポートが一段落して固まった身体をほぐすように伸びをした。

「トーマ、お疲れ様」

近づく足音と共に声をかけられて見上げた。

「うん。待たせて悪かったね、せっかく来てくれたのに」

彼女は首を横に振る。
一時間前に俺の家へ行っていいかとメールがきた。いいよと返すと数分で来て驚いた。
もしかしてマンションの前まで来て来るか迷ってたとか?

「それでね、トーマ」
「うん」

パソコンの電源を切ろうと操作しながら相槌を打つ。
何か出せるお菓子あったかなと考えていると彼女が勢いよく聞いてきた。

「クリスマス空いてる?」
「え?」

再び見上げると緊張した面持ちでこちらを見ていた。
すぐに返す言葉が見つからなくて無言になってしまっていると、パソコンの電源が切れて静かになった。

「忙しかったらいいの!ごめんね」
「待って」

両手を前に突きだし振り出して、俺は止めるように片手を取った。

「落ち着いて話そう、お互いさ」


結局菓子類は家にはなくて彼女が買ってきたケーキを食べる事にした。
トーマは食べ物最小限にしか買ってこないから買ってきたと言われてこれからはいつ来てもいいように何かしら買っておこうと思った。一人だと一食や二食抜いても気にならない。さすがに一日は無理だけど。菓子類は買うけど女の子が好きそうな甘いものは滅多に買わないし。
俺はコーヒーに、彼女は紅茶。横に座る彼女がカップに砂糖を入れてかき混ぜている。

「クリスマスだけど空いてるよ」
「本当!?」

さっきは突然で返せなかったけど落ち着いてから返すと、彼女は混ぜる手を止めて喜んだ。

「どこか行く?遠出は無理だけど近場なら……」
「トーマの家がいい」
「ここ?」

聞き返すと彼女は頷く。
付き合いだして数ヶ月。恋人ととして初めて過ごすイベントだ。初めてなら尚更特別な事をしたほうがいいんじゃないか?

「お前がいいならいいけど気使ってるならいいなよ?多少のワガママならきくし」
「本当?」
「金銭的に無理なら無理っていうからそのあたりは妥協してもらうようになるかも」
「お金はかからないと思うんだけど」

俺のほうに身体を向けて何故か正座で座り直す。改まって言うほどに無茶な事なのか?できる事なら叶えてあげたい。
できるだけの事はしようと彼女が話し出すのを待った。

「……泊まりたいの」
「泊まる?」

沈黙の中段々と顔を俯かせたかと思えば予想外の言葉が切り出された。
一瞬どこに?と聞きそうになって、直前の会話と繋がり聞かずにすんだ。

「一応聞くけど俺の家にだよね?」
「うん」

どういう意味かわかってるのか聞かなくても今の態度を見れば聞かなくても理解してるとわかる。
まだそういう関係にはなっていない。したくないわけじゃない。むしろ抑えてる。
幼なじみの期間が長すぎてタイミングがはかれなかったりしている。
それは建前で越えようとした時に俺は彼女に優しくできるのかという不安がある。今まで蓄積されたものがストッパーをなくして壊してしまうのではないか。
目の前の彼女が好きで愛しくて仕方がない。だから留まる。
我慢ではない。このまま大切にしていきたいだけ。

「いいよ。でも寝るのは別々」
「何で……?」
「何でって……」

俺の言葉に少し悲しそうに上目遣いで問いかけられる。
説明できるわけがないのに。滅茶苦茶にしてしまいそうだからだなんて。

「トーマ、わかってるのに言ってる」
「そりゃあわかるよ。わかるけど……」

続く言葉が言えずに視線を逸らす。
すると彼女の手が俺の服の裾を掴んだ。
数ヶ月少しずつ恋人の距離になってきた。でも俺は全てを求めていない。ただ一緒にいるだけで隣で笑ってくれるだけで幸せ。
そのはずなのにやっぱり求めてる。

「お前はわかってる?そのお願いが俺を煽ってるって」
「トーマ?えっ……」

裾を掴んでいないほうの手を取って引き寄せた。
柔らかい身体を抱き締めてキスをする。はじめはいつものように触れるだけ。
いつもなら数秒で離れる。彼女は慣れたように離れようとした。

「トー……んっ」

離れてから頭の後ろに手をやり、再び唇を重ねる。
舌を口内に侵入させると身体が僅かに強ばった。これ以上の事をしようと誘ったも同然なのに。

「……ん、はっ」

角度を変えながら僅かに空いた隙間から息が漏れる。
熱い息に酔いそうだった。

「トー……マ」

苦しげに呼ばれてそれすら煽る。俺に想像させてしまう。抱く瞬間を。


どのくらいそうしていたのだろう。
冷めないながらも少し冷静さを取り戻して唇を離すと荒く息をしながら彼女が俺を見つめた。目に涙を溜めてその姿が綺麗に感じた。

「トーマ……?」
「わかった?」

髪を撫でて問いかけると彼女は不思議そうに見つめる。

「別々じゃないとこれ以上の事しちゃいそうなんだよ。……嫌だろ」
「気を使ってるのはトーマのほうだよ」
「これは気を使ってるとかじゃないよ。本当に本気で壊してしまいそうだから」

熱の冷めない身体のままだから離れたほうがいいのに、頭ではわかっているのに離れられずに彼女の肩に額を押し付けていた。
ちゃんとは抱きしめられなくて両腕に触れるだけ。

「恋人のトーマが知りたい」
「恋人だよ」
「そうだけどやっぱり今みたいにトーマの本心が見たい」
「いつも本心だよ」
「隠してるほうの本心も」

柔らかく抱きしめられて苦笑した。押し倒されてクリスマスを待たずに一線を越えかねない状態なのに。

「本当お前は大きくなったな」
「うん」
「俺にこんなに余裕なくさせるなんて」

顔を上げると彼女は笑顔だった。綺麗でもう子供じゃないんだと実感する。

「クリスマスは俺の家で二人で過ごそうか」
「うん」

まだお前を壊してしまうんじゃないかという不安はある。
でもお前が知りたい、見たいと言ったように俺も知りたいし見たい。
俺だけのお前を見せてほしい。
だから越えたい。留まるこの場所から。守るだけではない場所へ。


H23.10.12

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