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バイトの終わる時間となりスタッフルームへ向かった。
今日はイッキさんとはバイトの時間は重なっておらず、私が上がって少ししたら入るようだった。
夕飯何にしようと考えていた。

「……あれ?」

いるとは思わなかった人がドアの前に驚いてしまった。

「イッキさん?」

立ち止まるとイッキさんは人差し指を口元にあてた。
話さないほうがいいのか首を傾げると手招きをされる。
近づいていくとイッキさんがドアを開けてくれて中へ促され入った。

「時間ぴったりでよかった。しばらく休憩も上がる人もいないよね?」
「はい。でもイッキさん入るのまだですよね?」
「早く君に会いたかったから」

後ろにいるイッキさんに振り向きながら聞くと指先で毛先を触られた。
不意うちで照れてしまう。そんな私の反応を楽しんでいるように思えた。

「実は今日試作品を作るって聞いたんだ」
「試作品、ですか?」

イッキさんの視線が先に移り、つられるように向くとテーブルがあった。そしてそこには透明な小さめの細長い器が置かれていた。

「マンゴーパフェ。来月からの期間限定メニュー」

イッキさんの説明を聞きながらテーブルに近づいていく。
オレンジ色のパフェをじっと見つめる。

「食べていいんだよ」
「えっ、でも無断で食べたらだめなんじゃ」

イッキさんはいつのまに手にしたのか銀色のスプーンを持っていた。
大丈夫というイッキさんは悪戯が成功した子供のようで黙って持ってきたからさっき私に話さないように示したんだと思った。
でもイッキさんのそんな楽しそうな表情を見ていると私まで楽しくなる。
いけないとわかりつつまたパフェを見てしまう。

「感想をちゃんと伝えれば大丈夫だよ。何か言われたら僕のせいにしちゃえばいい」

その言葉に顔を上げてイッキさんを見つめた。

「……イッキさんは優しすぎます」
「そう?ただ好きな女の子の喜ぶ顔が見たいだけなんだけど」

イッキさんの愛情表現なんだとわかっている。でもそれを受け入れたら寂しい気がした。
好きなのにすれ違っているような。与えられてそのまま。

「あっ」

私が突然行動に出たからかイッキさんが驚いた声を上げた。
イッキさんから奪いとったスプーンと目の前にあるパフェを手にする。
そのままの勢いでスプーンを器に差し入れ中身を掬う。
マンゴーと特製のクリームを口に運ぶ。

「美味しいです」

味を堪能して笑顔でイッキさんに告げる。イッキさんは呆気にとられながらも少し笑った。

「参ったな」
「はい、イッキさん」

スプーンに再び掬いイッキさんの口元に寄せる。
二度目の驚きにスプーンと私を交互に見る。

「あとで二人で謝りましょうね。美味しそうで食べちゃいましたって」
「……共犯みたいだね」
「はい。一緒です」

イッキさんは困ったように笑いながら差し出したスプーンを口に含んだ。
僅かに感じるスプーンの重みにどきりとする。すぐにイッキさんが離れて軽くなる。

「うん、美味しい」

そう言うイッキさんは嬉しそうで私も嬉しくなった。


H24.5.23


【あなたとほのぼの5題・あなたとつまみぐい】
お題配布元:リコリスの花束を

あなたとつまみぐい
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