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「トーマ、上がっていいって」
「わかった」
ゴールデンウィークの冥土の羊は休日だからか混んでいた。
休日で人手が足りない時は臨時バイトとしてよく呼ばれていた。
シンに声をかけられスタッフルームに向かう。
「トーマ、お疲れ様」
スタッフルームに入るとそこにはイッキさんがいた。
「イッキさん、何してるんですか?今日シフトに入ってませんよね?」
今日呼ばれた時にイッキさんが休みで人手が足りないと言われた。
なのになぜかいる。
「ちょっと、ね」
「何か企んでますね」
思わせ振りにはぐらかされて明らかに企んでいるとわかる。
「警戒するほどの事じゃないよ。トーマ、先月誕生日だったよね?」
「そうですけど」
企んでるとわかって更に自分の誕生日の話題。警戒しないわけがなかった。
そんな俺に苦笑するイッキさん。
「彼女から聞いたんだ。というか相談された」
「相談?」
「トーマの誕生日を二人で祝いたいって」
「なっ!?」
つい先月の自分の誕生日の出来事がよぎる。確かにあいつと二人で過ごした。
でもまさか相談してたなんて。
「トーマの事だからシンを誘うと思ってたんだろうね」
「それは……」
「だからストレートに言っていいと思うよって言ったんだ。トーマ、あんな可愛い子に言われる前に気づいてあげなきゃ」
「迷いましたけど最近はシンもよく俺の家に来ますし三人でいる事も多いから」
「それはそれ。恋人なんだから」
言葉の途中で切られるが反論もできないどころかその通りすぎて何も言えなかった。
まだ恋人の距離をはかれていない。近づきすぎれば暴走してしまうとわかっているから。
「同棲してるのにトーマも大概めんどくさいね」
「自分でもそう思います」
「彼女はそれをわかってるから相談してきたんだと思うけどね」
イッキさんの視線が上がった。そこにあるのは時計だと見なくてもわかる。
「企みってトーマは疑ってたけど僕の任務はトーマを引き留める事だったんだ」
「引き留める?」
「トーマ、開けて」
後ろのドアからシンの声がした。
すぐにドアを開ける。
「……なにそれ」
「何ってケーキだよ。シン、時間通りだったね」
「当然です」
スタッフルームの机に持ってきたホールケーキを置く。
一瞬見えたチョコプレートには俺の名前が書かれていた気がした。
「トーマ、お待たせ」
「え?」
ドアから顔を覗かせたのはバイトが休みのはずの自分の彼女だった。
プラスチックのフォークと紙皿を持っている。
「あぁ、トーマには内緒にしてたから」
「そうなの?」
「うん」
シンが事情を説明する。奥に進む彼女を呆然と見つめる。
「ローソク立てて」
「なにこれ」
「トーマの誕生日ケーキだよ」
シンからローソクを受け取った彼女が振り返って笑顔で告げられる。
誕生日は先月のはずで、二人で過ごした時もホールではないけどケーキを食べた。
「トーマ、電気消して。あとドア閉めて」
シンに言われた通りドアを閉めて明かりのスイッチを切った。
暗がりの部屋に数本のローソクの明かりが灯る。
「トーマ、早く早く」
彼女に急かされて明かりの前に立つ。
「これ消すんだよね?」
わかってはいても聞くと三人共頷いた。
それでも戸惑っていると腕を軽く引かれる。
「やっぱりみんなでも祝いたくて。お店終わったらみんなでも食べよう」
耳に彼女の口が寄せられてくすぐったい。
隣にいるシンを見ると少し笑んだ。
二人でもいたい。でもこうして幼なじみで過ごしてもいたいだなんて贅沢だろうか。
見透かしたように用意されたケーキとこの空間を嬉しく思う。
“彼女はそれをわかってるから相談してきたんだと思うけどね”
先程のイッキさんの言葉を思い出す。
彼女も同じだからなのか俺がどうしたらいいか悩んでるのがわかったからかはわからない。
でも彼女は俺が悩んで留まってた事をやってのける。
これからもそうかもしれない。それでいいんだろうか。
「トーマ」
小さく呼び掛けられる。その声に笑いかけた。
これがきっかけになればいい。隣には彼女がいるんだから。
俺は吹っ切るようにローソクの火を消した。
H24.5.1
吹っ切るようにローソクの火を消した
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