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オケ部の子達に呼ばれて星奏学院へ行くと部室にはまだ来ないでくれと言われた。
だからオレは今学院内を散歩している。

「春まで通ってたのに不思議だな」

夕日の色で染まる廊下を歩きながら感慨に耽る。
通い慣れた場所。まだ9ヶ月しか経ってないのに懐かしく感じてしまう。

「一年生の教室か」

一年目は音楽学科というのに慣れなくて戸惑いながらも結局オレはオレなんだと思った。
音楽学科の生徒らしくするなんてよくわからなくて、音楽が好きで音楽を続けるためには頑張らなくちゃいけない事、学ばなくてはいけない事もあって大変ではあったけど楽しかった。

「あれ?」

ふと見た教室内に一人だけ生徒が残っていた。
顔は窓に向いていて見えないけど知っている人物によく似ていた。

「衛藤くん?」

入口から身体を入りこませつつ呼び掛けると窓際に座っていた人物がこちらを向いた。

「和樹さん?」
「やっぱり衛藤くんだ!」

知っている人物だとわかると嬉しくて教室内に足を踏み入れた。
最初は驚いた顔をして見ていた衛藤くんは顔を逸らせてため息を吐いた。

「なんでため息!?」
「だってしょっちゅう会いすぎ。本来なら和樹さんとは接点ないんだからさ」
「接点ならあるよ。オレは衛藤くんの先輩だからね!」

またため息を吐かれた。相変わらず可愛くない後輩だ。でもなんだかんだで話すし嫌がってるわけでもない。こういう性格なんだろう。

「それで和樹さんは何してるの?」
「オケ部の後輩にもう少しあとで来てくれって言われたから時間潰し」

衛藤くんの横の席から椅子を引いて座る。何だかやっぱり懐かしかった。

「オケ部、か」
「結局衛藤くんは何か部活に入ってないの?」

衛藤くんが入学前に学院で会った時に彼は部活勧誘の掲示板を見上げていた。
まともに話したのはそれが初めてだった。

「うん、興味ある部活もなかったしね」
「オケ部は?」

正面を向いていた衛藤くんがこちらに顔を向けた。
衛藤くんにしては珍しく迷っているようなそぶり。いつも彼は真っ直ぐで自分に自信を持っていた。
オレが何も言わずに見つめ返していると衛藤くんのほうから口を開いた。

「興味があるかないかで言えば、ある。けど今は……」

段々と俯いて思案するように言葉を止めた。
何となく理由はわかっていた。
いつだか衛藤くんは日野ちゃんの音に気付かされた、誰かと一緒に弾く音楽もあるのだと知ったと言った。
とても愛しそうに言うものだから照れてしまったけど聞いているこちらもあたたかくなった。
聞いた時は驚いたけど衛藤くんは日野ちゃんと付き合っている。日野ちゃんは普通科で今年卒業だ。だから迷ってしまうんじゃないかと思う。一緒に弾いていたい、聞いていたいと。

「衛藤くんがやりたいようにやればいいと思うよ」
「え?」
「無理して決めたら窮屈な音になっちゃうよ」

顔を上げた衛藤くんは驚いた表情をしていた。
そんな衛藤くんに笑って言う。

「オレの経験談」
「何それ」

衛藤くんは少し呆れながらも笑う。

「オケ部はいつでも大歓迎だよ!」

やっぱり呆れながら息を吐かれてしまったけど肩の力も抜けたようだった。
衛藤くんは立ち上がり、前の席に置いてあった荷物からヴァイオリンを取り出した。

「衛藤くん?」

ヴァイオリンを構えた衛藤くんに首を傾げる。

「和樹さん、今日誕生日なんだろ?」
「え、うん」

衛藤くんが知っている事に驚いて反応が遅れる。
こうして時間をつぶしているのもまだオケ部でのオレの誕生日会の準備ができてないからだった。手伝おうとしたらさすがに怒られてこうして学内をまわる事にした。

「香穂子が言ってた。数日オケ部の人達と誕生日会の話ししてたし」
「それ言わないでほしかったよ!日野ちゃんが参加してくれてるなんて嬉しいけど行って知りたかったのに!」
「あ、そうか」

絶対わざとだ。
自分がオレの誕生日をわざわざ調べたなんて思われたくないから言ってたんだ。
でも彼がここに一人残っていたのも何となくわかった。
オケ部を間近で見て考える事があったんだろう。そこにもうすぐいなくなる日野ちゃんがいれば尚更だ。

「悪かったって。だから俺の演奏が誕生日プレゼントって事で」

まさかそんな流れで今ヴァイオリンを構えているなんて思わなくて驚いてしまう。
声には出さなかったはずなのに表情でわかったのは衛藤くんはむっとした。

「嫌なら別にいいけど」
「嫌なんてあるわけないよ!聞きたい!」

慌てて言うと衛藤くんは苦笑して目を伏せた。
弾く一瞬前、音は僅かでもあるはずなのに何もなくなった気がする。
やがてヴァイオリンの音色が奏でられ聴き入る。
衛藤くんらしい自信に満ち溢れながらも自然と笑んでしまうような音色。何度か聞いた中で一番好きな音色だった。それは少なくとも彼がオレへの誕生日プレゼントとして弾いているからだろうか。

「ありがとう、衛藤くん!」

弾き終わり、拍手をしながら言うと衛藤くんはじっとオレを見てきた。

「衛藤くん?」
「和樹さんさ、先生になりたいんだよね?」
「うん」

それはいつか話したオレの夢。その時はどっちが生徒かわからなくなりそうと言われたけど。

「……少しは向いてるんじゃない?」

目を逸らしながら言うとヴァイオリンをしまいだした。
その動作を何を言われたのか反芻しながら見ているとたまらなく嬉しくなってきてしまった。

「うわっ!?ちょっと和樹さん!」
「オレ頑張るよ、衛藤くん!」

思わず抱き着いてもっともっと頑張ろうと思う。
向いてはないかもしれないけどやっぱり学校が好きで、こうして迷ってしまう子達の少しでも力になれたら。
もうオレは卒業して戻れないけど先輩として懐かしいこの空間にはいれる。
そうして繋いでいきたい。



H22.12.17

繋いでいきたい
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