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夏休みが終わって二学期が始まった。
そして私は今天音学園の前にいる。
「中に入るわけにはいかないしどうしよう」
バスケットを片手で抱え、ヴァイオリンケースをもう片手で持ち立ち尽くす。
校門からは生徒が出てきているけど知っている人はいない。
目的の人物が出て来てくれないかと念じてみるけど、目的の人物が出てきたとしてうまくいくかどうかもわからない。
「そこで何をしている」
「ごっ、ごめんなさい!」
後ろから声が聞こえ条件反射で謝ってしまった。
でもすぐにその声が知っている声だと気付き振り返る。
「冥加さん……」
目的の人物が目の前に現れたのに私は用件をすぐに言えない。
怪訝な顔でこちらを見ている冥加さん。何か言わないと行ってしまう。
「これ!一緒に食べませんか!」
そして屋上の庭園へと案内された。
ヴァイオリンケースを空いている椅子に置く。バスケットを開いて小さめな水筒を取り出し、バスケットを冥加さんに差し出した。
「サンドイッチを作ったんです」
具の説明を簡単にすると一つを手にしてくれた。
私が持つと小さく感じないのに冥加さんが手にすると小さく感じてしまう。もう少し大きめに作ったほうがよかっただろうか。
「前にもあったな」
「え?」
座ると冥加さんがサンドイッチのビニールの包装を剥ぎ取りながら呟いた。
「前に学園の者に同じものを押し付けただろう」
言われてとてもお昼に誘えるとは思わなかったから差し入れにサンドイッチを渡した事を思い出した。
バスケットはいつものお返しと一緒に返されていて、中身がない事に喜んだ。
「何がおかしい」
「ちゃんと食べてくれた事が嬉しくて」
包装を取る手が止まり驚いたようにこちらを見てくる。
何かおかしな事を言ってしまったか少し首を傾げる。
「何故そんなに構ってくるのかが理解できんな」
そう言いながらも冥加さんは少し笑んでいるように見えた。
包装の取れたサンドイッチを一口食べる。
私達の関係はよくわからない。友達でもないし、恋人なんてもっとない。
だけど私自身は冥加さんに惹かれているんだと大会が終わった直後にわかった。ヴァイオリンの音色が導いてくれた。冥加さんの音色が私を導いた気がする。
だから私はもっと冥加さんに関わろう、知ろうと思ってここにいる。
あの後から冥加さんが少し変わったのは気のせいではないと信じて。
「あ!水筒も持ってきたんです。よかったらどうぞ」
水筒の蓋に中身を注いで差し出す。さすがに野菜ジュースではなく緑茶。
「冥加さん?」
食べるのを止め、水筒の蓋を凝視する。もしかして緑茶が嫌い?
「それを飲めというのか」
「緑茶なんですけど嫌いでしたか?」
「そういう事ではなく、一つしかないだろう」
一つと言われて私も蓋を見る。
ここにいるのは冥加さんと私の二人。でも飲む容器は一つ。
響也とだと普通だからあまり気にしていなかったけどやっぱり他の人と同じ容器で飲むのは嫌なんだろうか。
「そうですよね。私は飲まないので冥加さん飲んで下さい」
蓋を冥加さんの方へと押しやる。冥加さんの視線は蓋と私を交互に見ていた。
「何故ここまでする」
私に視線を合わせて問い掛ける。威圧的なものは感じず、どこか苦しげに見えた。
言うのは簡単。でも難しい。今気持ちを伝えていいのだろうか。まだあやふやなのに惹かれているからと口にしていいのだろうか。
「冥加さんと一緒の時間を過ごしたいからじゃ駄目ですか?」
気持ちを見つけていない今はこれが精一杯の言葉。本心だった。
「……そうか」
本当に納得してくれたかはわからない。でも優しく呟かれた言葉は嘘ではないと思えた。
「前のもうまかったが、今回のもうまい」
前、空のバスケットを見て聞きたかった事を言われた。
お礼を言う前に冥加さんは水筒の蓋を手にし中身を飲んだ。
一気に飲み干して蓋をこちらに置く。
「俺は気にしない」
視線をそらしている意図は考えないようにしながらも私は喜んだ。
ステージだけでは終わらない。
あの先も私達にはあるのだから。
H22.3.4
ステージだけでは終わらない
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