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「冥加さんの音が聞きたいです」
駅前通りで小日向に会った。
公園等で弾いてる事が多く、今日もヴァイオリンを奏でている。
その音に立ち止まり耳を傾ける群集の中に紛れていたはずなのに、演奏が終わると小日向は俺を真っ直ぐ見据え告げた。
誰に対してなのかと振り向く人々。俺はそんな視線を無視し小日向に答えた。
「外で弾く気はない」
そして何故か小日向と二人で天音学園に来ていた。
室内学部の部室。先に入り、小日向が入ったのを確認し扉を閉める。
「そんなに珍しいものでもないだろう」
学園内に入ってから小日向はきょろきょろと周りを見ていた。
それは部室に入ってもかわらずだった。
「他校ってあまり入りませんし、冥加さんが通ってるところなんだって思うとつい見たくなっちゃいまして」
嬉しそうに振り返りながら言う小日向に戸惑う。
つくづく変わっている奴だと思うがやはりよくわからない。
「学園見学に来たわけじゃないだろう」
「そうですよね。私のわがままで連れてきてもらったのに浮かれてすみません」
先程までは跳ね出しそうなほどそわそわしていたのにおとなしくなる。
違う。お前はそのままでいい。だがそれをどうしたら伝えられるのかがわからない。
何も言わずに小日向の横を通り、置いてあるヴァイオリンを手にする。
どうしてお前は俺の音を聞きたいなどと言った。敗北者の音などお前に何の価値がある。
構えると小日向の視線が突き刺さるように感じた。
ステージに立てば観客の視線など数多く向けられるというのにただ一人の視線でこの俺が緊張しているというのか。
目を閉じてヴァイオリンを奏でる。お前に勝利する事で開放されるのだと思い奏でてきた。だが敗北した今、俺の奏でる音はお前にどう聞こえる。
しばらくしてから弓を降ろした。目を開けて小日向に向ける。
笑っているわけでもなく悲しいわけでも怒っているわけでも喜んでいるわけでもない。表情が読み取れない。
俺ももしかしたらそんな表情をしているのだろうか。
「やっぱり冥加さんは凄いです」
沈黙を破って微笑む。
その言葉に答える事はできなかった。
「どうして私はこんなに冥加さんの音を聞きたいんでしょうか……」
微笑みの表情はすぐに曇ってしまい、伏し目がちに独り言のように呟かれた。
俺と同じなのだ。“どうして”という疑問と戸惑いの回答を持ち合わせていない。
小日向は胸に片手を置いてぎゅっと手を握り、瞳を閉じた。
そしてすぐにパッと顔を上げて視線を向けてくる。
「また聞きに来てもいいですか?」
「好きにしろ」
拒否する理由などない。
小日向が嬉しそうに笑う姿に俺は背を向けた。
H22.4.24
疑問と戸惑い
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