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課題の調べ物をしに図書館を訪れていた。
土曜の午後のせいか人も少し多い。
「よし」
小声で呟いて筆記用具等を鞄に詰めていく。
持ち出していた本を手に立ち上がり、棚に戻しに行く事にした。
棚に戻して通路を見回すと改めて広いなと感じた。
予定よりも早く終わったし館内を見て行こうと思い特に目的もなく館内を歩き出した。
シンと静まり返っていて何となく演奏前の会場を思い出す。
ステージに立って、構える。静まり返った会場内に音が響き渡るのが好きだった。
ふと冥加さんが“冥王”と呼ばれていた事を思い出した。
何でだろう?
思い出した事もそうだけど冥王?魔王とも呼ばれていた気がする。
何だか怖いイメージだけど冥加さんにそんな怖いイメージはない。
「調べてみよう」
せっかく図書館にいるのだから調べてみようと思いたったはいいけどどんな本を見ればわかるのだろう。
「かなでさん」
後ろから小さな声で呼び掛けられ振り返ると見知った女の子がいた。
「枝織ちゃん」
桃色の髪の少女が柔らかく微笑む。
「何か探してるんですか?」
「え?」
どうしてわかったんだろうと首を傾げると枝織ちゃんは嬉しそうに笑った。
「見ていればわかります。兄様と一緒です」
「冥加さんと?」
両手を頬にあててわかりやすい顔をしてるのかと触りながら、冥加さんと同じ?と疑問に思う。
「よければ一緒に探します」
「ありがとう枝織ちゃん。その……冥王を調べたいんだけど」
まさかお兄さんがそう呼ばれていたからとは言えなかった。
でも冥王なんて何で調べてるか聞かれたらどうしよう。
「ではギリシア神話を参考にしてみてはいかがですか?」
そう言って私の手を軽く引いて歩き出す。
辿りついた棚は神話の本が並んだ棚だった。
「冥王……ハーデースは少し怖いイメージがありますよね」
枝織ちゃんは本の背をいくつか指でなぞっていくと一冊の本を抜き取った。
「でも少し読んでみるとイメージが変わるかもしれません」
差し出された本を受け取って目次を開く。
ハーデースのページに辿りつくまで枝織ちゃんは小さな声で語りかけるように呟いた。
「……さらわれた乙女がハーデースを知ってそばにいたように」
枝織ちゃんが選んでくれた本は普段神話を読まない私でも読みやすい簡易的なものだった。
好きになってしまった地上の乙女を冥府へとさらってきてしまった。はじめは地上に帰りたがる乙女もハーデースを知るうちにそばにいるようになり冥府の女王となる。
乙女の名前はペルセポネー。破壊者の意。
「知りたい事は書いてありましたか?」
本から顔を上げる。
ハーデースが悪い人ではないようで何だか安心してしまった。そして好きになった相手にどうしたらいいかわからずに弟に相談して、結果さらうなんて不器用な人だとも思った。
「この地にいる冥王も焦がれてるのかもしれませんね」
「え?」
どこかその不器用さに冥加さんが過ぎった時に言われて間抜けな声が出てしまった。
慌てて片手で口を押さえる。少し大きな声だったから響いてしまった。
その様子に枝織ちゃんはくすくすと笑った。
「かなでさん、よろしければ夕ご飯ご一緒しませんか?」
聞き返す前に後ろから声が聞こえた。
「枝織、用事は済んだか」
「はい、兄様」
振り返らなくても冥加さんが枝織ちゃんを迎えに来たのだとわかった。
振り返るに振り返れず、閉じた本を胸に抱く。冥加さんに知れたら何て言われるか想像ができなかった。
「兄様、今日はかなでさんを夕ご飯にお誘いしたんです」
「なっ!?」
満面な笑顔で告げる枝織ちゃんとは対象的な表情を冥加さんはしているだろう。
ここが図書館でなければ言葉を続けていただろうけど押し止めたようだった。息を吐いて困っているのがわかる。
ここで私が断ればいい。
そうすれば冥加さんも困ったりしない。
本をぎゅっと抱いて口を開こうとした。
「……寮には連絡を入れておけ」
冥加さんはそう告げて足音を響かせて行ってしまった。
慌てて振り返ると長い学ランの裾が見えた。
「かなでさん、行きましょう」
「う、うん」
躊躇いがちに返事をすると枝織ちゃんの手がそっと抱く本にあてられた。
「兄様に機会を下さい。そうすればきっとわかりますから」
その言葉に不器用と感じたハーデースが過ぎった。
まだわからない。でも私は冥加さんと一緒の時間を過ごしたいと思う。
それは何度も思った事。
怖いわけじゃない。ただ彼を困らせたくない。
でも困っているのかいないのかがわからない時がある。
今もそうだった。
ならもう一歩踏み出してもいいですか?
「誘ってくれてありがとう、枝織ちゃん」
「こちらこそありがとうございます」
私は本を棚に戻して背を撫でた。
今は一歩踏み出す手前。
H22.5.30
一歩踏み出す手前
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