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全国大会が終了して一ヶ月。
公園を通りかかったら今日もまた小日向かなでの練習時に遭遇してしまった。
遭遇する度に聴き入っている人数が多くなっているような気がする。
もしかしたら以前聴いて、再び聴こうと訪れる者もいるのかもしれない。自分もそのうちの一人かと思うと苦笑するしかない。
だがそうさせる何かが小日向かなでにはあった。惹きつける何かが。
「あっ」
演奏者である小日向のその声と共に奏でられていた音色が不自然にやんだ。
同時に小日向と視線があう。不自然にやんだ音色に不審そうに視線がこちらに向けられる。
だが俺に笑顔を向けて、小日向は再び音色を奏でた。
「練習の時ぐらいは集中しろ」
「すみません」
練習のあと、人だかりが去るのを待ち小日向に声をかけた。
小日向はヴァイオリンをケースに片付けながら言うがどこか嬉しそうな気がした。気のせいだろう。少なくとも今こんな嬉しそうにする事など何もない。このあとに何かあるのかもしれないが。
「今週は3回ですね」
「何がだ」
「会えたのがです」
ケースを閉じて笑顔を向けてくる。
何と返したものか言葉に詰まる。遭遇した回数など数えて何になる?
「……くしゅっ」
突然のくしゃみに反応したように強く風が吹いた。
もう10月になろうという時。肌寒く感じる日もあるし夕方は風も冷たくなる。
なのに小日向は半袖の制服を着用していた。
「冥加さんは今日は練習もう終わったんですか?」
何でもないふうに会話を続けようとする小日向。
先程はほとんど吹いていなかった風が小日向の練習終了を待ち兼ねていたように風が吹き付ける。
練習中でなかったのが幸いか。
「冥加さん?え?」
「着ていろ」
俺の上着を小日向の肩にかける。戸惑うように首を傾げて腕を通そうとはしない。
襟元を掴んで、上着に包むとやはり戸惑ったままだが恐る恐る腕を通した。それを見届け自身の上着から手を離す。
「すみません。私がくしゃみしたからですよね?」
「……暑くて脱いだだけのところにちょうどお前がいたから掛けただけだ」
そう言うと戸惑っていた表情が笑顔に変化した。
だがすぐに俯くと顔を上げて何やら困った顔をしている。よく表情が変わる顔だ。
「どうした」
「裾が長くて地面についちゃってるんです。どうしよう、汚れちゃう」
下を向いて裾を持ち上げながら汚れを確認するように裾を確認しだした。
これだけ身長が違えばそうなる事は予想がついている。
「問題ない」
「あります!こんな白くて綺麗な制服なのに……クリーニングに出して返します」
「勝手に渡したんだ。好きにしろ」
と、言ってから持っていても不用な物だろうと気付く。
捨てろと言ってもこの様子では捨てそうにない。ならば枝織に預けろとでも言うか迷っていた時、裾を気にしていた小日向が俺を下から上にと眺め、凝視してきた。
「何だ」
「冥加さん、凄く大きくなりましたよね」
「何と比較して言っている」
「小さい時です」
小日向の発言に誰しも成長するだろうと言いたくなる。
小日向の方もあの時よりも当たり前だが成長している。
改めてよく見ると小さい気もするが。今は俺の上着を着ているせいか体格差がよくわかって余計小さく感じてしまう。
「みょ、冥加さん……」
我に返ると小日向がどこか気恥ずかしそうに上目遣いで見つめていた。
「そんなにジッと見られると恥ずかしいです」
「み、見てなどいない」
顔を背けると風が少しだけ弱まっていた事に気がついた。
どこか穏やかな気持ちにさせる。これは俺が抜け殻となったからなのか。
「上着、ちゃんと返しますね。多分来週には返せますから」
また嬉しそうな顔をする。その表情を見るのも悪くはなく、頷きを返していた。
そしてベンチに置かれていた小日向のヴァイオリンケースを手にした。
「帰るぞ」
「え?」
「そんな長い袖ではヴァイオリンケースを落としかねん。それに裾を持っていたいんだろう」
「あ……はい!ありがとうございます!」
「そんなに大きな声を出さなくても聞こえている」
「はい」
歩き出すと裾を持ったままの小日向が小走りで横についてきた。
やはり小さい。普通に歩き出しても小日向には小走りしなければ追い付かない。
小さいけども大きな存在。それは確かに感じていた。
それがどんな感情に結び付くかなどわからずに。
H22.6.18
それがどんな感情に結び付くかなどわからずに
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