novel top

微睡みの中、目を覚まさねばと思っても胸に感じるあたたかみに捕われ留まってしまう。
こんな感情は必要ないと理性では否定しているのに、否定しきれない自身がいる。矛盾などあってはならない。
俺の音楽に矛盾など必要ない。築き上げてきた自身が全て。その全てで奏でる。過去と現在だけあればいい。未来など不確定なのだから。

「……」

振り切り、微睡みから目を覚ます。
だが振り切ったはずのあたたかみは目を覚ましたはずなのに離れていなかった。

「なっ……」

目を覚ましたばかりのはっきりとしない思考から徐々に覚醒すると置かれている状況に絶句した。
天井を見上げて今いる場所が自分の家だと確認する。リビングのソファに身体を横たえている。
そこまではいい。
どうしてここに小日向かなでがいる?
小日向は俺の胸部に腕と頭を乗せて寝ていた。
微睡みの中で感じたあたたかみの正体はこれかと納得してしまう。
夢の中でまで捕らえるとは恐ろしい女だ。いや、俺は常に小日向かなでに捕われていたか。
視線を眠り続ける小日向に向ける。
感じるあたたかみと重さは心地よく、息は熱かった。
視線を逸らし再び天井を見上げ目を閉じる。
戸惑っている事は自分にもわかっていた。どう接したらいいのかがわからない。

「ん……冥加、さん?」

声がすると重みがやや軽くなる。すぐに完全になくなると光を遮ったかのように暗闇が広がり、目を開けた。

「っ……何をしている」
「あ、起きたんですね」

眼前に小日向の顔があり、反射的に後退しようとしたが横たえた身体では無理だった。

「何をしていると聞いている」
「冥加さんの寝顔を見てたんです」
「……今は寝ていないだろう」

俺は何故こんなに顔を近づけているのか聞いたはずが返ってきた答えは的外れなものだった。
何故俺の寝顔を見る必要があるのかというのは言わずにとにかく離れるように促す。

「寝ていないのだからいい加減離れろ」

そう言ってもじっと神妙な表情で見つめてくる。心なしか距離が縮まっている気がする。
呼吸を感じさせる距離に目眩がした。

「寝顔は少し幼く感じますね」
「貴様に幼いと言われるとはな」

高等部二年にしては幼い風貌の小日向に言われるとはと笑ってしまう。
すると小日向は不服そう表情を見せて離れた。

「冥加さん」
「何だ……っ」

再び感じる重みと温かさに息が詰まる。
小日向に視線を向けると頬を胸に寄せていた。そして閉じた。その光景はまるで俺の心臓の音を聞いてるかのようだ。

「……お前は何がしたいんだ」
「夢を見たんです」

また的が外れた返答。
それでも口を挟まずに小日向の話を聞く。

「あの日冥加さんからの手紙が来なくて、そのまま私は故郷にいるんです。何かが引っ掛かるのにわからなくて、弾き続けて、やがて弾かなくなってしまう」

そこで区切ると瞳を開けた。視線は定まらずに伏し目がちで話を続ける。

「そこで夢から覚めて、そしたら冥加さんの事を考えてたんです。私が冥加さんに再会できなかったら、冥加さんが私に再会できなかったら……」

何も変わりはしない。この憎しみは永劫消えることなどない。
変わらない。だが“変わらない”だけなのだとわかっていた。
天井に視線を向けて思案する。もしもなど考えるのは馬鹿げている。不確定なものだ。
だが小日向と再会しなければ待ち望んでいた舞台に小日向は現れない。
それがいかに絶望的な事かがわかっている。そのためだけに生きてきたのだから。
ならばそれが実現し、敗北した。そのあとはどうなる。
それが今だ。考える必要はないと目を背け続けている。

「考えてたら冥加さんに会いたくて来ちゃいました」

簡単な答えを口にするように小日向は先程までの落としたトーンからいつもの明るいトーンへ戻っていた。
会いたいから会うなど考えられない。必要ない。
だが無駄ではないと思う矛盾。その矛盾に胸が苦しくなる。

「ありがとうございます」
「礼など言われる覚えはない」
「いいんです。私を探して、見に来てくれて嬉しかったんですから」

俺は小日向を探した。
音を聞きに行き、手紙を残した。
理由などない。あのままで終わるのかと問い掛けただけ。
俺は小日向かなでを求めていた。初めて会った時に聞いた音色に捕われた時からずっと。
答えは見えそうで見えない。
簡単な事が見つからない。
視線を小日向に戻すと心地よさそうに瞳を閉じていた。
そっと髪に触れると瞳が開いて目が合った。驚いたような表情をしていたがすぐに柔らかく微笑む。

「温かいです。ずっとこうしていたいくらい……」
「……あぁ」

撫でると胸に顔を埋めるように擦り寄せてくる。その感触も全てが不思議な感覚だった。
苦しいだけではない感覚にずっとと望んでしまう。

「明日も会いに来ていいですか?」

未来など不確定。
不確定だからこそ変化がある。
ならば明日への約束しよう。
その約束は不確定の標。


H22.8.31


※冥加企画提出SS

明日への約束をしよう
prevUnext