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「浮かない顔だな」
自分の部屋を出たもののどこへ行きたいのかわからずにいて扉によりかかっていた。
すると横から声が聞こえていつのまにか俯いていた顔を横に向けていた。
「まるで恋する乙女だ」
「ち、違うよ、ニア!そんなんじゃないよ……」
隣の部屋の住人であるニアがからかうように言うものだから慌てて否定した。
でも最後のほうになると声が小さくなってしまって俯いてしまう。これじゃあ駄目だ。ニアに心配かけちゃう。
「っ……ニア?」
勢いよく顔を上げたらいつのまにか目の前にいたニアに顔を掴まれた。
じっと見つめられて思わず後ずさろうとしてしまう。
でも後ろはすぐ壁で顔だけが近づくばかり。
「ニ、二ア……?」
女の子同士だけどやっぱり恥ずかしくて目をつぶってしまう。
「すまない。無理をされる前に吹っ飛ばしてやろうと思ったんだ。吹っ飛とんだだろう?」
「へ?び、びっくりしたよ〜」
顔から手が離れて楽しそうな声がして目を開けるとニアはやっぱり楽しそうに笑っていた。
心臓がどきどき言ってる。
「ニア、ありがとう」
胸に手をあてて落ち着くとお礼を言った。
「こちらこそ面白い表情が見れた」
「もう……」
ニアは私の反応を面白がるようにまた笑うと寮の廊下を歩いて行ってしまった。
その背が見えなくなると私はポケットから携帯電話を出した。
夢を見た。
私が星奏学院に転校する事なく故郷にいる夢。
コンクールに出ても何も結果は残せずにやがてコンクールには出なくなる。ヴァイオリンはやめないけど前のようには弾かなくなっていく。
悲しさはない。それが私の技量なのだと受け止めるのに時間がかかるだけ。
ずっと一緒にいたヴァイオリンに弾きこなせない事を謝って夢から覚めた。
覚めてから浮かんだのは冥加さんの事だった。
あの人は私と再会できなかったらあの憎しみをずっと抱え続けて生きていくのかと悲しくなった。
あんな素敵な音を奏でる人なのに根底には憎しみがあり続ける。
会いたいと思ったのに会ってどうしたいのだろうと迷った。
扉は迷わずに開けたのにそのあとがわからない。
夢の中の私は冥加さんを覚えていなかった。今はこんなに冥加さんの事しか考えられないのに。
会いたいのに会わない事なんてやっぱりできなくて、私は会いに行く事にした。
枝織ちゃんに連絡をすると冥加さんは家にいると教えてくれて家まで連れてきてくれた。
家に上がらせてもらうと枝織ちゃんは用事があると家を出てしまった。玄関でお礼を言うと枝織ちゃんは嬉しそうに笑ってくれた。
枝織ちゃんを見送って家の中へ入る。冥加さんは自室にいるのかな?と考えながらリビングに入ると探していた人がそこにいた。
「みょ、冥加さん……?」
ソファの端から足が出ていて恐る恐るソファに近づく。
でも私が入ってきたなら何かしら言うと思うのに反応がない。
それにどんな座り方したらソファの端から足が出るんだろう?
「冥加さ……」
前に回りこんで声をかけようとして慌てて口を塞いだ。
冥加さんは目を閉じて寝息をたてていた。
枝織ちゃんがリビングで待ってれば会えるという意味がわかる。いずれ起きるからって事だよね?
ソファの横までくると屈んで膝をつく。顔にかかる前髪をそっと払うと僅かに身じろいで一瞬息を止めてしまう。
無防備に寝る姿はいつもより幼く感じた。私より一つ上だけどもっと差があるように見えてしまう。
思い出の中の男の子がこんなに大きくなるなんて不思議。でもどこか面影がある気がする。普段と違う印象だから余計そう思うのかな?
私はその場に座り込むと冥加さんの胸に頭を置いた。
あたたかくて広い胸、規則正しいリズムを打つ心臓。そのリズムに安心して同時に苦しくなった。
「……会えてよかったです」
今の私は貴方がいるから。今の貴方がいるのは私がいるから。
そんな事を思ってしまう。
こんなに惹かれるのも運命なんでしょうかと聞いたら冥加さんはどんな表情をするだろう。
そこまで考えて私は瞼を閉じた。
「明日も会いに来ていいですか?」
冥加さんが目を覚まして私は再び冥加さんの胸に顔を擦り寄せていた。
さっきと違うのは冥加さんの手が私の頭を撫でている事。
「……あぁ」
その返答に嬉しくて会いに来る理由なんていらないんだなと思う。
伝えたい気持ちは溢れそうで、でもまだ伝える時ではないと言う自分がいた。
抱える心は切なくて、安心するリズムと温もりに身を寄せた。
H22.9.12
抱える心は切なくて
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