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「じゃあ一旦休憩するか」
「うん」
星奏学院の練習室。
これから三年間よく通う事になるであろう場所で、入学前の春休みから香穂子と練習をしていた。
「でも衛藤くん制服じゃないけど平気かな」
「今更だろ。暁彦さんからは練習するならいいって言われてるしさ」
ヴァイオリンをケースに一先ず置く。香穂子は屈む俺を見ながら首を少し傾げた。
「練習するならって、他に何か用事あるの?校内見学とかは駄目って事かな」
基本的に香穂子はわかりやすいし性格も直球だと思う。だけど変なところで鈍い。
暁彦さんにも入学まであと少しなのだから練習以外で来るのは云々と言われた。
香穂子の練習を少し見るために訪れて見つかった時だったか。ヴァイオリンケースを持っていないからすぐにばれた。
「衛藤くん?」
「そんな所だろ。あまり部外者がうろうろするのもどうかと思うし。で、どうすんの?休憩する気ないなら練習再開するけど」
話をはぐらかして逸らす。わからないんだったらわからないままでいいし。
「えっ、あ……休憩、します」
香穂子もヴァイオリンをケースに戻す。その慌てた様子がわかりやすくて可愛かった。
「そういえば衛藤くんの誕生日っていつ?」
「何、急に」
俺も香穂子も立ち上がる。俺はいいけど香穂子が床に座るとスカートが短いから目のやりばに困る。
指摘しないと自覚しなさそうで余計困る。
「衛藤くんと会ったのって秋だったでしょ?もしかしたら誕生日過ぎちゃったかなって。もし過ぎてたら何かプレゼントしたいと思ったから」
「今日」
「え?」
「だから、今日。前以て予定開けておいてって言っただろ」
数秒何も言わずに瞬きをする香穂子。このあとどんな反応をするかだいたい予想ができるからあえて待ってみた。
「え、なっ、何で言ってくれなかったの!?普通にいつも通りに過ごしてるよ!?」
「こういうのってどう言えばいいのかわからなくてさ。ただ香穂子と過ごせればよかったし」
何度か言ってみようかと思ったけどやめた。年明けから香穂子も忙しそうだったし、ホワイトデーのあとでも言うタイミングがつかめなかった。
「衛藤くん……」
慌てだした香穂子は落ち着いていた。でも表情は明るくない。
「来年もあるじゃん。今日聞いてくれてよかったしさ。香穂子の音が聞けただけで十分」
本当当日に聞いてくるなんて凄いと思う。だからそれだけで十分。来年の楽しみにもなる。
香穂子は視線を下に向けてすぐに俺へと戻した。
「今年は当日じゃないけどプレゼント渡したいから渡すね。来年は来年で楽しみにしてて」
やっぱり笑顔が好きだ。
そう改めて思わせる笑顔だった。
でもまた表情を曇らせて言葉を続ける。
「衛藤くんにプレゼントってハードル高いよね……」
「何だよ、それ」
「好みとかまだ全然わかってないし、男の人にプレゼントってあげた事ないし」
目を閉じて考えこみだす。
“男の人”という単語に反応してしまったのは態度に出さないようにする。
そう認識してもらえるのはやっぱり嬉しい。
「じゃあさ、キスしてよ。入学祝いも兼ねてさ」
「え!?」
閉じていた目を見開いて大袈裟なまでに驚かれる。
付き合って三ヶ月。二人で練習したり出掛けたりはしてもそういう事はしていない。
だから驚かれるのも無理はないけど、頬ぐらいなら平気じゃないかと言ってみたものの言って恥ずかしくなった。
「やっぱりいい。忘れて」
「え……う、ううん!忘れない!」
「は?」
顔を紅潮させながら言う香穂子。俺も赤くなってそうだ。
「……屈んで目閉じて」
意を決した瞳に逆らう事はできずに少し屈んで香穂子に顔を近づける。
目を閉じてしばし待つ。
見えなくても顔を赤らめて戸惑いながらも俺に顔を近づける香穂子が浮かぶ。
「っ……!?」
頬にくるであろう柔らかい感触を待ち受けていたら、唇に感触がした。
驚いて目を開けると唇を離した香穂子と目が合う。
「え、衛藤くん!まだ開けていいって言ってない!」
「いや、開けていいって言うまで閉じてろとも言われてないし。それに口にするって」
「え?」
“頬に”と言わなかった俺も悪いんだろうけど、一度もした事がないのに女の方からしろとはさすがに言わない。
勘違いに気付いたのか香穂子は更に顔を赤面させて背を向けた。
「衛藤くん、酷い!」
「だから入学祝いも兼ねてって言っただろ」
「わからないよ。そんな……キスって言われただけじゃ」
「悪かった」
後ろから香穂子を抱きしめる。
ちらりとこちらを見る目と合うと拗ねているような態度に笑ってしまった。
「……誕生日おめでとう」
「ありがと」
笑顔で振り向いてくれた香穂子に今度は俺からキスをした。
記念日をくれた彼女と初めて過ごす誕生日。
H22.3.30
記念日をくれた彼女と初めて過ごす誕生日
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