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放課後の練習。
今日の練習が終わって一息つく。
空調は効いてるけど熱が篭ってるのか私自身の身体の熱なのか、熱さを感じて外の風にあたりたくなった。
「衛藤くん、窓開けても平気?」
「別に平気」
ヴァイオリンをケースにしまいながら返事をしてくれて、了解を得ると窓を開けた。
衛藤くんが入学してからこうして一緒に練習する事が日常になっていた。
もう1学期も終わりを向かえようとしている。
「風、生温くない?」
「え?」
あまりにも近くで声がして振り返るのを戸惑った。
私を間にして窓枠に衛藤くんの両手がつかれている事に気付いて、やっと真後ろに衛藤くんがいるのだとわかった。
わかった途端に触れそうで触れていない背中が熱くなる。
「衛藤くん、近いよ?」
枠に意味もなく両手を置いてその手を見つめる。
両隣に衛藤くんの手があって自分の手の大きさとの違いにどきっとする。
「香穂子さ」
「な、なに?」
お互いがお互いの問いに答えないまま。
追求もせず衛藤くんが別の事を切り出す。私はただ返すしかできなくておかしな態度になっていないかが心配になってくる。
「何でずっと名字で呼んでるんだよ」
その言葉に付き合いはじめた頃から付き合いだしたのだから名前で呼べばいいと言っていた事を思い出す。
どこか気恥ずかしくて呼ぶタイミングも計れずに半年が過ぎていた。
「名字でも衛藤くんは衛藤くんだから」
「俺だって別にこだわってるわけじゃないけどやっぱりさ……」
衛藤くんが珍しく言い澱む。はっきり言う事が多いだけに衛藤くん自身もどう言ったらいいのかわからないのかが伝わってくるようだった。
でもこんな体勢ではそれでなくても言うのに高いハードルが更に高くなっていた。
ただ名前で呼ぶだけ、それがこんなに恥ずかしい。
「帰るか。暑いしどこか寄って……香穂子?」
衛藤くんは無理強いもせずに離れようとする。私が困っていると思ってるのかもしれない。困ってなんていない。ただ恥ずかしいだけ。
誤解されたくなくて離れようとした衛藤くんの手を自分の手で押し留めていた。
離れようとした反動なのか背中に衛藤くんの身体が触れる。
背から私と同じ熱い身体と心臓の音を感じて顔が熱くなった気がした。
「衛藤くん……」
いつも呼ぶ名前が口から出てしまう。
自分の手を乗せている衛藤くんの手も、覆いかぶさるように触れている身体も私よりも大きくて実感すると息苦しくなる。
こんなに衛藤くんの事が好きになっているのだと実感する。
だからたまに衛藤くんとこうして過ごす日常はあと数カ月なのだと考えると淋しくなる。
一つの季節は過ぎてしまった。
「……きりやくん」
たどたどしく紡がれた言葉。気付けば目を閉じていて手は汗ばんでいて慌てて衛藤くんの手から離した。
でも離した手はすぐに私の身体に触れていた。後ろから抱きしめられて背中が触れるか触れないかだけで恥ずかしかったのに心地いい。
「不意打ちだろ……」
「今のは不意打ちって言わないんじゃない?」
耳元で呟かれて照れ臭そうな言い方に笑ってしまう。
いったいどれぐらいの時間を要したのかわからない。だから不意打ちとは言わないと思う。
「……もう1回呼んでよ」
「え?」
聞こえたけどつい聞き返してしまって抱きしめる腕に力が入る。
私はその行動が可愛く感じてまた笑ってしまった。
一緒にいればいるほど衛藤くんの事を知れる。かっこいい面も可愛い面も大好きで、奏でる音も大好き。
さっきは気恥ずかしくて苦しいのと淋しい気持ちがあった。私から何かを変えたくて精一杯の気持ちで呼んだ。
だから今度は嬉しい気持ちを伝えるように名前を呼んだ。
H22.7.4
二度目は嬉しさをこめて
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