two



 月に一度、アカツキワイナリーにはモンド城からの様々な荷物が送られてくる。それはディルックがモンドへ戻ったあの頃からずっと続く、最早習慣じみたもの。

 空が青く遠く晴れ渡った快晴の今日は、その『月に一度』にあたる日だった。

 モンド城のある方角から、食料品や日用品に始まり、医薬品、薬剤などといった様々な品物が山のように積まれた荷車が、あたかも隊商かのような姿でアカツキワイナリーへと入ってくる。がらがらざわざわと賑やかなその様子を、アカツキワイナリーの主人であるディルックは屋敷の入り口からじっと見つめていた。
 生鮮食品などはその都度モンド城へ仕入れに行くのだが、日持ちのするものや重さのあるものはこうして一度に運搬してもらった方が圧倒的に効率がいいのだ。

「こんにちは、ディルックの旦那!」
「ああ。今日もご苦労様」

 納品書を手に近づいてきた商人からそれを受け取り、ざっと内容に目を通す。発注数と納品数、そして金額。概して特に問題はなさそうだ。ひとつ頷いてそのことを伝えれば、愛想のいい商人の顔がより一層綻んだ。
 それからまたひと言ふた言を交わした後、必要な手続きが全て終わったディルックは荷運びの手伝いをしようとそちらへ足を向けようとした──のだが、それは目敏い使用人たちによって諫められてしまう。主人はこういう時じっとしているものなんですよ、と今回が初めてではないお小言を何人もから向けられてしまえば、もうそれ以上の主張など出来はしない。
 せめて彼らの邪魔にならぬようにと、ディルックはワイナリーの玄関ポーチの片隅に身を寄せた。そうして商人たちと使用人たちとが協力して品物を屋敷内へ運び込んでいく姿を見つめる中、彼はふとその視線を荷車の群れの傍へと向ける。
 モンド城からアカツキワイナリーまでの道のりこそそう長くはないが、その道中でいつヒルチャールなどによって荷車が襲われないとも限らない。それゆえ、この運搬には必ず西風騎士、もしくは冒険者協会から派遣された冒険者による護衛がつくこととなっているのだ。
 だからこそ、今ディルックの視線の先に見慣れない西風騎士の姿があることも、全くおかしいことではない。……ない、のだけれど。
 ディルックからの視線に気づいたのだろう、その年若い西風騎士の男性ははっとした面持ち浮かべた後、少しの緊張を滲ませながらこちらへと歩み寄ってくる。
 彼個人の持つ真面目さや律義さからディルックに最低限の挨拶を、と考えているのだろうことは容易に予想がついた。しかし、ディルックからしてみればそれは有難迷惑にも近いものであって。

「初めまして、ディルック様。西風騎士団の者です」

 とはいえ、こうして悪意もなく声をかけられてしまえばそれを無視することも出来はしない。そもそも周りにはモンドの商人たちもいるのだ。騎士団とディルックとの間にある確執など、彼らに垣間見させる必要もない。

「ああ、どうも。今日も商人たちの護衛、感謝する」
「いえいえ! 私などガイアさんには全く及ばない新米ですので……」

 彼の言葉に紡がれたひとりの男の名前に、ディルックの指先がぴくりと微かに震える。しかし、それに気づいた者はこの世界に誰1人として存在しなかった。その心に渦巻いた得も言われぬ感情を見咎める者さえも。
 だからこそ、ディルックは平静を装って言葉を返した。あたかもそれを世間話の延長とするかのように、酷く静かな声色で。

「……今日は彼が担当ではないんだな」
「ああ、はい。この任務はいつもガイアさんが請け負っていらっしゃるのですが、生憎今日は他に用事があるみたいで、璃月の方へ向かわれました」

 無意識下で用意していた「騎士団の騎兵隊長様も随分と暇なんだな」、の言葉が喉元に蟠る曖昧な不快感をようやく理解しながら、ディルックは、何故彼がここに来なかったというただそれだけでこんなにも胸が焦げついてしまうのだろうかと思案する。
 つい先日、彼がエンジェルズシェアを訪れた時からずっとそうだ。彼に関する出来事について考えようとすると、いつもどうしてか思考回路が揺れてまとまらない。
 少しずつ降り積もっていく苛立ちに内心で舌打ちをこぼしながら、これまでは毎回毎回当然のようにアカツキワイナリーへの護衛任務に就いていた、あの男の姿を脳裏に思い描く。たまにはこうして外に出ないと身体が鈍っちまうからなぁ。太陽の下に酒場での時とはまた違う輝きを見せる藍の髪と、何かを隠すように紡がれるその常套句がやけに鮮明に思い出されてしまって。また胸を焼く炎がその強さを増した。

「そうか」
「はい。最近なんだか忙しそうで……そういえばこの間も璃月に行っていたようですし、向こうで何かあったんですかね」

 そう言って首を傾げる西風騎士の姿に「そうかもしれないな」と適当な相槌を落として、ディルックは自らの記憶を様々に掘り返していく。しかし、どれだけ思い返しても璃月においてモンド絡み、西風騎士団絡みの何某かが起きたという記録は見当たらなかった。
 ──まさか、また何か裏で面倒ごとの糸でも引いているのか。
 彼の行動が全て、回り回ってモンドの平和と安寧に繋がっているということはディルックも確かに理解している。では何が問題かと言えば、その方法だ。
 毎度毎度必ず何かしらの点で文句を付けたくなるような手段ばかり取る彼に、そんな思いが募ってしまったとしても無理はないだろう。
 そろそろ正攻法で問題解決に取り組んでみればどうなんだ、と思いはするけれど、それを直接彼に伝えたとして素直に聞き入れてもらえる可能性はゼロ。さすがにそろそろ諦めも生まれるというものだ。

 とはいえ、璃月。璃月か、とディルックは再び思考を巡らせる。

 つい最近、あの国は岩神の死という大きな衝撃に見舞われた場所だ。騒動や厄介事の種など、きっと探そうとせずとも見つかってしまうのだろう。ガイアが一体何を目的として動いているのかは何ひとつとして分かりはしないけれど、しばらくは自分も注意してその様子を見ておくべきだろう、と彼は内心にひとつの頷きを落とす。

 ふと、空を仰いだ。

 相変わらず満天に晴れ渡った空は目が眩むほどに青く澄み渡っていて。ディルックは目をそっと細めた。どこか眠たげな様子も覗かせる赤を宿したその瞳に空の青が映り込んで、堪らなく不思議な色合いを生み出している。
 西の空には少しずつ、分厚い雲がその輪郭を濃くし始めていた。


  ***


 ざあざあと地面を叩きつける雨粒の強さに、灰色の空を見上げていたディルックは深いため息を落とす。自らの動きに合わせてぼたぼたと水滴をこぼす濡れそぼった髪がうっとうしくて、手のひらで大雑把に前髪をかき上げた。
 まさか、悪さをしようとしていると聞いたアビスの魔術師たちを始末しに行った帰りにこんな大雨に見舞われてしまうとは。確かに今日は朝からずっと曇り模様の空ではあったけれど、まさかここまでになるとは思ってもみなかった。
 咄嗟に逃げ込んだ崖下の洞穴の中で、雨足が緩やかになるまではここで待つしかなさそうだと判断した彼は、ゆったりと周囲へ視線を巡らせる。石に囲まれた薄暗い洞窟の中はやはり寒く、濡れた服と身体のままでここに居座ってしまえば間もなく凍えてしまうだろうことが容易に予想できた。
 流石にそれは避けたいと、ディルックは運よく洞窟内に転がっていた木の枝を寄せ集めてそこに自らの元素力で火をつける。
 空気中の湿度が高いせいもあってなかなか木の枝も燃えてはくれなかったけれど、その意地もやがて折れ、周囲にあたたかな橙の光が満ちた。ぱちりぱちりと木の枝が爆ぜる音を聞きながら、ディルックは雨に濡れた上着を脱ぐ。その衝撃に裾から大粒の水滴が落ちていっては、地面に水跡を残した。
 軽く絞って大体の水気を払ったそれを岩壁の適当な場所へかける。応急処置にしかなりはしないが、まあ多少はましになるだろう。
 隅から適当な大きさの岩を転がし、焚き火の傍に腰かけてようやく一息をついた。
 静かな世界に雨音と焚火の音だけが反響する。ちらちらと揺れる炎の輪郭を眺めながら、それらの音を聞きながら、たまにはこんな時間も悪くはないのかもしれないと、ディルックはそんなことをひっそりと考えた。

 その静かな世界に突如石が投げ込まれたのは、それから数分後のこと。

 気づいたのは、どこからか聞こえる誰かの足音。雨水に濡れた地面を急ぎ足に叩くそれは、どうやらこちらへと近づいてきているようだ。
 こんなところで自分と同様大雨に見舞われるなんて、随分と運のないことだ。恐らく旅人か何かなのだろうと思われるその人へと同情を飛ばしながら、もしこの洞窟に逃げ込んで来たなら火に当たらせてやろうと視線を洞窟の入口へと向けた。
 その足音の主は、最初からこの洞窟の存在を知っていたのかもしれない。随分と迷いなく真っ直ぐに洞窟の間近へとやって来た足音に、洞窟の入り口で揺れた人影。その輪郭を確かめて、知覚して、数拍の間をおいてディルックはようやくそれが自分ももう見慣れた者のそれであることを理解した。

「──おっと、こいつは驚いた」

 相手方も、まさかここにディルックという先客がいるとは露ほども思っていなかったのだろう。こちらを見て随分と素直に見開かれた瞳が、ぱちりぱちりと煌めく星屑のような瞬きを落とす。けれどやはり、そんな姿もそう長くは晒されず、あっという間にいつも通りの仮面染みた笑みが彼の表情を硬く塗りつぶした。

「よう、ディルックの旦那。奇遇だな、旦那もここで雨宿りか?」
「……ああ」
「朝から今日は降るかもしれないとは思っていたが、ここまで降られると流石に困っちまうよなぁ。飛び入りですまんが、俺もここで少し温まらせてもらっても?」
「好きにすればいいさ」

 普段以上に口数の少ないディルックを、ガイアが特段気に留めた様子はない。むしろそれをいいことにあれこれと言葉を並べ立てていきそうなぐらいの勢いだ。
 相変わらずよく口が回ることだ。小さなため息を吐いて、おもむろに立ち上がったディルックはガイアの方へと手を伸ばした。

「……?」
「その肩に掛けている毛皮と上着を寄越せ。水を絞って壁に掛けておけば多少はマシになるはずだ」

 空、というよりは海のそれに似た青を孕んだ瞳が丸く見開かれてディルックを見つめる。確か少し前、どこかでその瞳によく似た宝石を見たような気がするのだけれど、その宝石の名前は一体何だっただろうか。
 今考えたとて栓のないそんなことをわずかばかり思い出しながら、ディルックは驚いた様子のままぴたりと固まってしまったガイアの姿に小首を傾げる。

「……あ、ああ。そう、だな」

 その動きにようやくはっとした様子のガイアは、随分とぎこちない表情を引き摺ってディルックにそう答えた。歯切れの悪いその様子にディルックはまた疑念を眉に乗せ、不機嫌のそれにも似た表情を浮かべる。

「分かったなら早く」
「いや、分かった。分かりはしたんだがちょっと待て、何でお前がわざわざ俺の世話を焼こうとするんだ。俺はもう1人じゃ何も出来ない子どもじゃないぞ」

 濡れた上着を早く脱いでしまわなければ身体が冷えてしまうだろう、とガイアを急かしたディルックを押し止めるように、少しばかり語尾の荒れたガイアの声が洞窟内へと響いた。あれだけ聴覚を埋めていた雨音も、こうして誰かと言葉を交わし始めてしまえばあっという間に意識の枠からこぼれ落ちてしまうのだから、本当に人間の知覚とは不可思議なものだ。
 おかしいのは絶対的にお前だ、という姿勢を崩さないガイアに対して、やはりディルックもまた自分の考えを曲げようとしなかった。お互いがそれぞれ頑固なところのある彼らは、やはりこういった時にどうしても衝突が耐えない。


「──……君は寒さに強くないだろう。何を意固地になっているか知らないが、君に風邪をひかれては僕も困るんだ」


 だから早く。三度目となるディルックからの要求に、今度こそガイアはその表情を微かにくしゃりと歪めた。

「……俺の神の目は氷だぜ?」
「神の目と体質とは全くの別問題だ。経験でいくらか寒さには慣れたのかもしれないが、それは克服にまで至るものではない。その証拠に、……寒いんだろう? 身体が震えている」
「……流石のご慧眼、だな。参ったぜ」

 昔から季節の変わり目や冷え込みの激しい時期にはよく体調を崩す子どもだったのだ、ガイアは。まだ脳の柔い頃に嫌というほど思い知らされたその事実は、何年が経とうとも何があろうとも忘れられるものではない。
 ようやく観念したらしいガイアから毛皮と上着を剥ぎ取り、ディルックは彼を焚火の近くに座らせる。自分の上着をかけてやろうかとも一瞬考えはしたが、濡れそぼった重たい上着では逆に状況を悪化させてしまうだけだろう。
 その時にふと、ディルックはガイアの肩口に残された霜の存在に気付いた。

「……アビス、か?」
「ん? ああ、ちょっとな。悪さをしようとしていた奴らがいたから叩いてきたんだ。氷の魔術師には少し手古摺ったが、まあ何とかなった」
「そうか」

 なるほど、氷元素による攻撃を受けた後に雨に打たれたとなれば寒さもより一層厳しかったことだろう。
 ガイアの毛皮と上着とを壁に掛け、次に洞窟の奥から更なる木の枝を集めてきて焚火にくべた。ふわりと背を伸ばした炎によって、洞窟内の温度がさらに温かなものになる。それをガイアも敏感に感じ取ったのだろう、かたかたと寒さに震えていた身体がほっとした安堵に包み込まれる様子が見て取れた。

「これで少しはましか?」
「ああ、お陰様でな……」

 ここまで随分と無理を重ねていたのだろう、ディルックの前にあるには随分と弱々しさの目立つガイアの姿に、ディルックも少しばかりの庇護欲に駆られてしまう。それをしてやる義務も、権利も、もう自分にはないと知ってはいるのに。
 三つ子の魂百まで、とはよく言ったものだ。
 小さな自嘲を胸に転がし、洞窟の中に再び落ちた沈黙にディルックはそっと瞳を細める。その時になってふと思ったことといえば、少し前にエンジェルズシェアで彼に対して覚えた違和感を、今日はあまり感じないなという程度のそれ。
 やはり、あれはただの気のせいだったようだ。情報を紐づけてそう結論づけてしまえば、胸のあたりがほんの少しだけすっとしたような気がした。
 ディルックも再び元の場所に腰かけ、揺れる炎をじっと見つめる。珍しく口を噤んだままのガイアに、洞窟内にはただ雨音と焚火の音だけが残された。
 ざあざあ、ぱちぱち。その中に時折お互いの呼吸や身動ぎの音を聞いていれば、なんだか2人だけが世界に取り残されてしまったかのような、そんな馬鹿げた錯覚まで浮かんできて。

「……最近、やけに璃月に通っているそうじゃないか」

 ふと、言葉を落とした。沈黙に耐えきれなくなったわけではなく、ただ不意に思い出してしまったから。つい先日、アカツキワイナリーであの西風騎士から聞いた話を。

「おっと、一体誰から聞いたんだ?」
「先日、アカツキワイナリーへの輸送を護衛していた騎士様から」
「ああ、あいつか……まあ隠すことじゃないからいいがなぁ」

 何でもかんでも話されるのは困る、とでも言いたげな口ぶりで眉を下げたガイアに、ディルックはそっと目を眇めた。そんな無言の追究にも聡く気付いたガイアは、やれやれと肩を竦めてその問いかけへと答えてみせる。

「別にそう大したことじゃない。正直に言えば、ただ俺個人の私用で足を運んでいるだけだからな」
「私用……?」
「ああ。ここから先はプライベートな内容になるから、残念ながら黙秘権を行使させてもらうぜ」

 この男が璃月に個人的な用事? 瞬時に思考が脳内を駆け抜けていくけれど、その『私用』が一体どんな内容であるのかについての予想は一切立たない。じい、とガイアを見つめてみるものの、相手はいつも通りに笑みを浮かべているばかりで、それ以上の情報は得られそうになかった。

「……厄介事を持ち込むなよ」
「ははっ、安心しろよ、今回は誰にも迷惑をかけたりはしないさ」

 その口ぶりに、今まで周囲に迷惑をかけてきた自覚はちゃんとあるのか、だとか、自覚があるならもっと自重しろ、だとか、今回だけではなくいつもそうしろ、だとか、そんな呆れにも似た感情が湧きあがる。──と、同時。

 どくん、と自らの心臓が奇妙に疼いたことをディルックは自覚した。

 その理由を咄嗟に把握することも叶わず唇を噛む。あの違和感に似た、けれどもそれとは何かが少しだけ違う不快感がじわじわと胸を蝕んでいく。
 それを振り払うように頭を軽く振ったディルックは、気を落ち着かせるために視線をガイアから引き剥がし、洞窟の入り口の方へと向けた。先ほどよりは幾分か雨足が弱まったように見えるけれど、それでもまだ、その中を駆けていくのは無謀だとひと目で分かるぐらいの空模様がそこには広がっている。
 あとどれぐらい、自分たちはここに2人きりでいなければならないのだろうか。
 きっと、自分のためにこの男を容赦なく雨空の下に追い出すことができなかったことが、ディルックの唯一にして最大の敗因だったのだろう。
 それさえ出来ていれば、きっと今頃、ディルックはこんな感情に襲われることもなくただ静かに平穏に佇んでいられたはずだった。
 終着点の見当たらない思考回路を無理矢理に途切れさせようと、ディルックは乾き始めた後ろ髪を結び直すために髪紐へと手を伸ばす。石の飾られた端を引いて、解いて、そうして髪を丁寧にまとめる。

「…………それ、使ってるんだな」

 慣れた手つきで髪を結うディルックの鼓膜に、ぽつりとそんな声が落とされた。
 その響きを辿って、ディルックは視線をゆらりと彼の方へと向けた。ガイアの姿を、再びその瞳に映し取った。
 視界が交わる。ぱちり、と焚火の中で木の枝がひときわ大きく爆ぜた。

「……ああ、前の髪紐が切れてしまったからな」

 ディルックを見つめる彼の視線はどこかぼんやりとしていて、まるで白昼夢でも見ているかのよう。その姿に内心で首を傾げながらも、ディルックはそう言葉を返した。


「──そう、か」


 ゆらり。ガイアの瞳が揺れたように見えたのは、その虹彩に映った炎の揺れと見間違えてしまったから、だろうか。即座に俯けられてしまった彼のかんばせに、ディルックがそれを確かめることは叶わない。

 そうか。

 またひとつ、ガイアが同じ言葉を繰り返した。その声はともすれば雨音にかき消されてしまいそうなほどにか細く掠れたものだったけれど、それでもなお、どうしようもなくディルックの胸を突いて、脳を揺らして、心の側面を傷つけた。


 ──今にも泣き出してしまいそうな声だと、そう、思った。


 ざあざあと雨が降る。
 焚火の炎が小さくなっていく。

 雨足もまた、ゆっくりと弱まり始めていた。



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