five
それからガイアは、ガイアの意志とは関係なく何度も何度もその2週間を繰り返し続けた。ガイアの行動によってその過程に幾らか変化はあれど、決まって4月29日にガイアの死とディルックの涙をもって終わり、再びエンジェルズシェアでの4月15日から始まる日々を。何度も、何度も、何度も。
自分の死を何度も体験するというのはやはり精神的にいいものではない。慣れ親しんだはずの「死」の感覚を思い出す度に、今でも底知れない恐怖がガイアを襲う。けれど、それ以上に胸を蝕んで止まないのは、──ガイアの死に際にディルックが必ず見せるあの泣き顔、だった。
どんな非道を働いても、どんな罵詈雑言を並べ立てても、どれだけ彼を傷つけても、彼は泣いた。ガイアの死を前に慟哭した。まるで彼の大切な人が喪われてしまったかのように。死にゆくガイアの視界をうつくしいその涙で彩った。それを与えられる価値など、ガイアには欠片たりともありはしないというのに。
一体、自分はこれ以上どうすればいいというのだろう。
押して駄目なら引いてみろ、の教えに基づき敢えて彼に何もせず何も言わず死んでみたこともあった。けれどまあ、やはりそれにも何ら意味などありはせず。今までになく泣き叫ぶディルックの姿に、それが過去最高に「最悪の手段」だったのと理解するまでそう時間はかからなかった。
どうやら、自分は彼の心の広さを随分甘く見積もっていたようだ。ガイアがその事実をようやく認めたのは、思いついた嫌がらせのストックがついに底をついた時のこと。繰り返した回数など、もうずっと前に数えるのを止めてしまっていた。
流石にそろそろ趣向を変えてみるべきか、と考えはするものの、自分に出来る範囲のことは全てやり尽くしてきた末に突き当たったのがこの現状。もちろん、そんな中で新進気鋭のアイデアなどそう易々と生まれるはずもなく。
十数度目の決別の日を目前に控えた4月18日。その日のモンドは「いつも通り」麗らかな快晴に包まれており、行き交う人々の活気あふれた声があちらへこちらへと響き渡っていた。
風に攫われた淑女の帽子は近くにいた少年がタイミングよくキャッチするし、あのハンチング帽を被った男はこの後花屋でセシリアの花束を購入するし、曲がり角に差し掛かった少女は、曲がり角の向こうから歩いてきた青年とぶつかりそうになる。そんな記憶を眼下に広がる風景に重ねながら、ガイアは城壁の上でひとり、懇々と思考を巡らせ続けていた。
考えていることといえば、もちろんただひとつ。どうやってディルックの涙を防ぐのかということ。
明日にはカーンルイアの迎えが来ると言うのに、今回の自分はまだ何も手立てを考えつくことが出来ていないのだ。全く、こんな体たらくでは騎兵隊長の名が廃ってしまうじゃないか。そう自分の尻を叩いてみるけれど、やはりこれといった名案は思い浮かばないまま。
青く遠く澄み切った空をおもむろに仰いで、ひとつ大きなため息を吐く。
──早く、あいつを自由にしてやりたいんだがなぁ。
心の中でそう呟いた直後、突如背後に感じた人の気配にガイアははっと視線を揺らした。そこに敵意や殺意は感じ取れなかったけれど、警戒しておくに損はない。ほとんど反射的に剣の柄へと伸ばした手をそのままに、ガイアは背後のその人を視界に映し取る。
「──ああ、何だ。偉大なる占星術師様じゃぁないか」
つばの大きな三角帽子に、特徴的なツインテール。意志の強そうな大きなその瞳は、険しい表情を携えてガイアを真っ直ぐに射抜いていた。
久しぶりだな、と言いかけた口を噤んでガイアはただ静かに彼女を見つめ返す。今のガイアにとって彼女との再会が「久しぶり」のことであっても、ループの枠から外れた4月14日に一度ガイアと言葉を交わしている彼女からしてみれば、「久しぶり」なんて言葉はあまりにも大袈裟なものだろうから。
それよりも出会い頭についつい煽るような口調となってしまったことを詫びるべきかとわずかに思考するが、それも目の前の彼女が口を開いたことで足を止められる。どこか苛立っているような、それでいて何かを懸念しているような彼女の雰囲気に思わず首が傾いた。
「……あなた、何かしでかしたんですか?」
そして、直後紡がれた彼女のその言葉によってさらに首の角度は急なものとなる。
何かしでかしたのか、という問いかけに対して思い当たる節こそ複数あるガイアだが、他でもない「彼女」に問い質されるようなことは……何もしていないはず、だった。少なくとも自分の記憶の中には。
そもそも、この回が始まってから今日までの4日間、自分は策略を練るばかりで特別なことなど一切していないのだ。それなのにこんなイレギュラーが起こるだなんて。ループが始まってから一度も体験したことのないその異常事態に、ガイアの方も困惑が勝っていた。
「一体何のことだ?」
飄々とした笑みや口調を取り繕うことも出来ないまま、ガイアはほとんど素の声色で彼女にそう問いかけていた。
「……心当たりはない、ようですね……」
そんなガイアの様子に、それが嘘偽りのない反応だということを彼女も正しく読み取ったのだろう。苛立ちを納めて今度は困惑を露わにした彼女は、落胆を滲ませた声でそう呟いた。
そっと伏せられた視線が惑うようにゆらゆらと揺れ動き、数秒の沈黙を置いて再びガイアを見る。言うべきか、言わざるべきか。そんな躊躇が目に見えるようだった。
きっと、彼女が今ガイアに向けて放とうとしている言葉は「占星術」に関する何某かなのだろう。そんな推測は容易に立った。しかし、その内容がどんなものであろうと占いの結果を濁すことも隠すこともしない彼女が何故こんなにも言葉に悩んでいるのだろうか。
以前はあんなにもきっぱりとした口調で占いの結果を突き付けてくれたというのに。色褪せ始めた過去の記憶を引き摺り出して、ガイアは思わず小さな笑みを浮かべた。
「俺の星座に、何かあったのか?」
答えはない。けれどもその言葉の先で彼女の唇がきゅうと噛みしめられたから、答えは分かった。
「……分からないんです」
小さな、小さな声だった。呟くような、囁くような、噛みしめるような、絞り出すような、そんな声。ともすれば聞き逃してしまってもおかしくはないそれを、しかしガイアは確かに掴み取っていた。
「分からないんです、あなたの運命が」
今度はいくらかはっきりとした声で紡がれたその言葉に、ガイア自身も困惑を隠せない。何故なら彼女はどんな運命もたちまちに解き明かしてしまう「偉大な占星術師」であり、ガイア自身も彼女のその実力を正しく評価していたから。
そんな彼女にすら、自らの運命が読み解けなくなってしまっている。
冷静に自らの置かれた状況を振り返ってみれば、それも道理なのかもしれないと思った。何故なら、自分は何度も何度もこの2週間を繰り返し続けている、いわばこの世界の「異端者」なのだから。未来を知り、未来を変えることのできる罰を与えられた自分の運命は、きっともうとっくのとうにぐちゃぐちゃにかき乱されてしまっていたのだろう。
……しかし、どうやら状況はガイアの推測したものとは少し異なったものであるようだ。
「人の運命は星空の輝きによって示されます。あなたの運命も、その例に漏れず確かにあの『孔雀羽座』の輝きの中にありました。……それなのに、今はその輝きが見えない……いいえ、その輝きを『判別すること』が出来ない、と言った方が正しいのでしょうか」
ゆるりと彼女の頭が左右に振られる動きに合わせて、長い髪がゆらゆらと揺れている。夜空を閉じ込めたようなその色彩がどうにも目を惹いて、意識が青空に吸い込まれて行くような錯覚にすら襲われた。
どくりと心臓が不吉に軋んだのは、一体何故だろう。
「……重なり合ってしまっているんです。あなたの『孔雀羽座』の輝きと、──彼の『夜梟座』の輝きが」
その意味を知りたくはないと、理解したくは無いと、頭の奥底で誰かが必死に叫び続けていた。
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最果ての惑星