ずるずると引きずられるまま王宮を出て、煌びやかな光で視界が眩しくなっていくのを感じた。王宮のいくつかある出入り口の中でも、国営商館側にある扉を使えばそこはすぐのようで、二人して楽しげな顔をしながら馴染みなのだろうお店へ入っていった。
「さあ、飲め! パパゴレっヤを使った果実酒だ!」
テラスの四人がけの席につくな否や、どんとなみなみと注がれた木樽のコップがテーブルに置かれた。天蓋からぶら下がるランプが揺れるたびに影が動き、がやがやと人の笑い声やら話し声やらで隣に座るピスティの声すらもかき消されている。賑やかさが謝肉祭の比ではない。
ひとまず握らせた木樽を傾け乾杯をすれば、二人はいきおいよくそれを煽った。
「っはー! いやあ、あんとき待っといて正解だったな!」
「シャルがね、白羊塔の前でうろうろしてるから、何してるのかなって聞いたらナマエを待ってるんだって! これはもーチャンスだねって!」
「それで、あのタイミングで出てきたんだね…」
もう二杯目を頼むシャルルカンにつられないよう、ゆっくりと呑んでいく。酒を飲んで意識が混濁したことは一度もないが、酔いが回るのは早いタイプだ。前回の謝肉祭の時も、頭が回るようにちびちび飲んでいたのを思い出した。
数言話した段階で、既にピスティも中身を空けている。木樽を両手で抱え、絶対にこれだけは死守せねばと意気込んだ――。
ピスティが頭を肩に乗せている。目の前のシャルルカンはアバレヤリイカの燻製をつまみながら、何杯目かも分からないジョッキを空にした。
「おーいナマエ、生きてっかあ」
「もう、だから、ゆっくり、飲みたいって言ったじゃないですかあ…」
三杯目だ。数字は覚えている。膝に乗せている三杯目の木樽の中身があと少しだった。
結局二人のお喋りと注文のスピードにつられていつも以上に早く飲んでしまったのだ。ピスティはけらけらと笑いながらも目は冴えてはいるようで、焼き魚の骨を剥がしながらそういえばと話題を変える。
「ナマエ、最近ジャーファルさんのことどう思ってるの?」
「ぅん!?」
ヤリイカの燻製が喉に詰まりかけて、無理矢理果実酒とともに流し込めば口の中で味が混ざって余計に噎せた。大丈夫なんて声をかけているピスティの顔は最早悪人顔だ。ほらもっと飲めよと、シャルルカンに新しい酒と持っている木樽を交換される。彼も彼とて、興味津々な顔を隠しもせずにしているあたり、飲ませれば喋ると踏んでいるようだ。まだ、頭は働いている。
「どうって、どうもないよ」
「そんなわけないでしょ、だってさっきのはどう見てもあれでしょ!」
嫉妬だよ嫉妬!
やっと小骨まで取ることができたのか、嬉しそうに彼女は魚の身を頬張りながら指を立てた。
「まあジャーファルさんにしちゃ、ナマエのこと気にしてるよな」
「それは、私の事情が複雑だからで…」
「だって、覚えてる? ジャーファルさんのお仕事終わるまで待ってようねってジュリィちゃんと言った時のこと」
そう言ったあと、ピスティは一瞬フォークで突く動きを止めてちらりとナマエを見た。
――大丈夫だよと笑えば、彼女はほっとしたような顔をして、話の続きを始める。その後に起きた出来事は、まだ忘れようもないが、終わった出来事なのだ。頭の中で整理は付いている。過ぎった残像を振り払うようにして酒を飲み込んだ。
「――ジャーファルさん、優しそうな顔してたんだよ」
目を伏せる。
彼の声が、耳から離れない。心配してるのだと言った白磁の肌に乗る唇も、彼の深い色の瞳も、柔らかな月の光を吸い込む髪も。
眠れない夜も、十四歳のナマエの自暴自棄を止めてくれたのも、一人で飛び込んだ船でも、すべて、彼がそこにいた。
けれど、きっとこれは憧れだ。崇拝に似た類で、混同させてはいけないものだ。
四杯目の中身が空いた。
――二人は、ナマエが違う世界から来たことを明確には知らない。ただルフがなかったことで起きた事件を知っているので、きっと、なんとなく想像はしているのだろう。
住む世界が違う人だと、そう言ってしまえば二人を傷つけてしまう。彼らからすれば、それは八人将だからこその世界だと思うかもしれない。けれど、今更世界の違いを説明したところで、ナマエ自身が感じているものはそんなことではないのだと、分かっている。
「私、ジャーファルさんもナマエも好きだから、自分に正直になってほしかったんだあ」
ピスティの小さな手が、頭を撫でた。
「わたし、」
遠くに座っている誰かの話し声が聞こえる。
「まだ、やらなきゃ、いけないことが、あって」
その声は、シンドリア付近の航路で緑に光る海の話をしていた。
「……みんなに、謝らなきゃ、いけなくて」
頭が回らなくなっているのが分かる。はらはらとこぼれ落ちるものが、自分の目の淵から溢れているものだとわかっている。
シャルルカンの戸惑う顔を見た。ピスティの揺れる声を聞いた。
これ以上、向こうの世界の話をしてはいけない。
――ジャーファルの顔を見れなくなっていた。これ以上彼を目で追ってはいけないのだ。これは憧れなのだから。ユーリ達に抱く想いと同じものだ。
「……っ」
頭が鈍い。ランプの灯りが揺れている。
こんな想いなど、あの日海に落ちたときに、世界の狭間に置いてきてしまえばよかったのだ。
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