水が冷たい。このままどこまで、落ちていくのだろう。薄らと開けた視界は水面を移している。がはっと吐き出したあぶくが浮いて、ぼやぼやとした音が聞こえた。夜にしては明るい水面に手を伸ばせば、誰かの手が水面から落ちてきた。


「――っげほ、げほ…っは!!」
「な、何で水に落ちてんだよおめーは!!」
「だ、大丈夫です!? ナマエ!」
「ナマエがギミックに引っかかってるのなんて初めて見たよ」
「どーりで見つからないはずよ!」
「沈んじゃう前に見つかって良かったわねえ」


床に引きずりあげられれば、淡い魔法陣の光の先に、彼らが立っていた。
――海水ではないそれらが目尻から溢れ出していく。エステルの聞き慣れた回復を促す声が、余計に喉を引きつらせて、濡れた服の袖で顔を拭って、思わず笑ってしまった。


「っ…ごめん、皆。迷子に、なってたみたい」


長い長い、迷い道だった。
彼らにしてみれば、ほんのひと時離れていただけなのだ。


「何であんた髪短くなってんのよ、それに魔導器、どこやったの!? まさか海に落っことしてきたわけじゃないでしょーね!?」
「リタ姉、心配するところが違うのじゃ」


ずびと情けなくも鼻をすすって、笑えば、リタはうっと言葉に詰まってそっぽを向いた。カロルの大きな鞄から取り出した渡されたタオルで頭を拭きながら、フレンの差し出された手を取って立ち上がる。


「ちょっと、装備を新しくして」
「水の中で!? てゆーか、装備を替えるのもいいけど、魔導器つけてなかったら術技使えないじゃない」
「リタ、ちょっと落ち着けって。ともかく、ナマエも問題ないみてえだし、話しながら進むとしよーぜ」


違和感しかないのだから、リタの言葉も納得だった。ユーリも思うところはたくさんあるだろうに、あえて聞かないでいてくれるところが彼らしい。
ユーリ、エステル、リタ、ジュディス、カロル、フレン、パティ、レイヴン、ラピード。
最後尾を歩きながら、彼らの顔を食い入るように眺めた。ようやく、帰って来れたのだ。ラピードが何かを察してくれたのか、珍しく足元を尾で撫でていった。
周囲のギミックからして、やはり状況はイエガーとの戦いが終わったあとだろう。
――夢の続きを見ているわけではないのだと、思わず自分の頬を抓れば、フレンが心配そうな顔をして振り返る。


「ナマエ…本当に、なんともないのかい?」
「――うん、全然、問題ないよ」


イエガーに、最期に花を添えたかった。それだけは、叶いそうにはなかった。
少ししたあたりで、先頭を歩いていたユーリが、その役をカロルに任せて後方に流れてきた。彼は少しだけ歩幅を緩めて、先頭集団との距離を作る。フレンとユーリに挟まれると、というよりこのパーティの誰かしらに挟まれると、逃げ場がなくなる。これは、正直に言わない限りは戦闘に参加もさせてくれないだろう。


「――で、ナマエチャンはなんでまた、装備なんか変えようと思い立ったんだ?」


あんな赤い魔核をぶら下げていたのがなくなれば、ひと目で看破される。それに髪も短くなっていれば余計に目線は頭に集中するはずだ。今更ながら両耳を隠してみたが、遅ェわとユーリの手刀を頭に食らう。彼の攻撃は容赦がない。


「……私、ずっと本当に、迷子になってて。途中で、その、魔導器を壊し、てしまって」
「ペンダントも?」


フレンの追加の口撃に、二人の目敏さを知る。
ペンダントの由来を知っているのは二人だけだった。タオルでシャツを拭くふりをして、襟元を握りしめた。


「……これからアレクセイと戦うってのに、そんなんで勝つ気かよ」
「ユーリ、どうして君はそういう言い方しかできないんだ」


手首に括りつけた指輪は、まだそこにある。この先はもう一本径だ。アレクセイと戦う前に、やらなければいけないことがある。
歩みを止めて、深呼吸した。


「みんな――」
「ん……?」


パティが先頭を離れて奥の壁面に走っていった。ユーリとフレンの三人で顔を見合わせて、何かあったのかとパティのもとへ歩み寄る。彼女は、壁に埋め込まれた石に、手を伸ばした。


「これは……麗しの星なのじゃ」
「パティがずっと探していたっていう宝物です……?」


パティが探し続けていた”麗しの星”は、彼女の祖父であるというアイフリードを探すために必要なもの。ずっと探していたと、目を伏せるパティの表情に、鉛が積もっていく。海精の牙と呼ばれたギルドのボスであったアイフリード。そのギルドに、アレクセイは深く関わっている。
――避けては通れない道だ。


「パティ」


麗しの星をカバンにしまい込む彼女の大きな瞳が、ナマエを見上げる。


「……海精の牙に起きたことを、教えてはもらえませんか…?」
「――…なんじゃ、急に改まって。うちも、そのことは、」
「パティ、私は、知らないと貴女になんて謝ればいいのか、分からない」


後ろで、皆の歩みが止まる。パティの目線に合わせて屈んだ手を、彼女はとった。


「五分だけ、うちらにもらってもいいかの?」
「――ああ、じゃあ俺らは、ちょっと向こう側でも索敵してようぜ」

ユーリが反対側の階段のあたりで、周りの様子を伺いながら待機していた。
目の前に立つパティは、目をぎゅうと瞑りながら、話しかけた言葉を飲み込む。そうして、数度繰り返した後、揺らいだ両目をナマエに向けた。


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