※ パティに関するスキットのネタバレを含みます。苦手な方は、>>こちら<<よりお読みください。
「
そうして語られた、海精の牙によるものとされていたブラックホープ号事件の真相は、ナマエが昔に調べていた内容よりも凄惨だった。アレクセイが生身の人体に高濃度のエアルを照射させる実験を行ったが、それは失敗に終わり、魔物にもなりきれず苦しむ乗員乗客全てを、アイフリード自ら手をかけた。それが、恐らくアレクセイの手によってねじ曲げられ、海精の牙が護衛した船の乗客を無抵抗のまま殺害したという話にされたというものだった。
――彼が積み上げた犠牲が、こんなにもある。もっと早く、彼の背中に気づいていれば、パティがこんなにも傷つかなくて済んだ未来があったのかもしれない。
謝罪が欲しいわけではないことを知っている。彼女はそういう人だ。言葉を継ぐこともできず、ただ、頭を下げようとしたナマエの頬を、両手でぐいと持ち上げた。
「ナマエ姐はナマエ姐じゃ!!」
パティの透る声が、不落宮内に響き渡る。後方にいた彼らが、珍しく聞いた彼女の張り詰めた声にどよめいた。
「ナマエ姐がアレクセイの娘でも、あれは、アレクセイがしでかしたことで、ナマエ姐はなんにも関係ないのじゃ!」
「っ、」
「背負わなくていいものを、背負わんでくれ」
これからすることを、彼女は赦さないかもしれない。ただ、赦すことのない鋭い眼差しで、貫いていてほしい。ナマエが望んでいるのは、そういう道だった。
「……ナマエ」
もういいか、とユーリが声をかけながら、近づいてくる。床に手を付いたままの右腕を、彼は力強く引っ張って立ち上がらせた。
「皆のことは、皆で悩めばいい。こっから先は、ナマエが全部抱え込んだまま、進める道じゃねえ」
「言いたいことがあるんなら、言えばいいじゃない」
「そーよ、秘密にしたままなんて、水臭いじゃないの」
「ナマエが何を思っているのか、聞きたいです。私」
握り締めた左手を、パティが柔くつかんだ。
「……わたし、後悔、してるんだ」
シンドリアで過ごしていく時間は、この関係性を俯瞰して見るには長い時間だった。ユーリに斬られた傷口は、未だにうっすらと痕を残している。戻ってきた今は確認のしようがないけれど、感触はずっと、忘れないだろう。そういう傷を、彼にも、いやそれ以上のものを残すことになった後悔。そしてそれは、このまま進んでいけばアレクセイの傷の分も増えることになる。
シンドバッドを刺したあの感触を、背負わせたくはない。
そして最後に、アレクセイを止めることができなかった後悔。
「……人魔戦争から帰ってきて、ずっと、見てた。アレクセイの、背中が、どんどん、陰っていくのを知りながら、止めもしなかった。あの人がしてきたことを赦せるわけがない。赦されてはいけない。それでも……ユーリ、貴方はきっと、やっぱりアレクセイを斬ってしまうだろうから、あの人の命まで、背負ってほしくない」
ユーリだけが、他者の命を背負うのは重すぎる。
下を向けば、視界の端で透明な珊瑚が揺れるのが見えた。俯くなと、怒られた気がした。
「――私は、死ぬことなんかより、赦されずに向き合って生きていくことの方が、苦しいことだと思う」
顔を上げて、彼らの顔を見渡せば、驚いている顔も、苦々しい顔も全て見えた。一番苦い顔をしていたのは、レイヴンだった。
「……そりゃ、ちと難しいんじゃないのナマエ」
人魔戦争を乗り越えてきた彼だからこそ、分かっているのだ。アレクセイの傍にいたのは、ナマエとレイヴンだった。共に、あの背中を見てきた。レイヴンは生きることを諦めて、傀儡になる道を選んだ時もあった。だからこそ、ここにいる誰もが赦せることのない重さを知っている。
仮令、この手でアレクセイを斬ることになったとしても。その覚悟はできている。
「……分かってます。だから、どうか、この先、私一人で戦わせてください! ダ――」
「ナマエ」
面倒そうに、それでも、微笑む彼は、あの頃から少しも変わり無い。
「――つまり、アレクセイの尻拭いがしたいってことよね。どーするよ、青年」
「……どうするもなにも、決まってるだろ」
「術技も使えないのに、大丈夫なの?」
「…ありがとう、ジュディ。でも、大丈夫だから」
「! あなたにそう呼ばれたのは、初めてね」
理由になってないけど、いいかしら。
ジュディスがカロルを見下ろして、彼は腕を組んだ。それから、ずいっと指一本を突き出して、約束ねと言った。
「ナマエがしんどそうだったら、僕らだって戦うからね!」
「!」
あの日も、最初からこうしていればよかったのだ。覚悟を決めた彼らの中に混ざっていれば、自ずと道は見えてくるはずだと他人に選択を委ねていた。そうして最後に迷ってしまった選択に、後悔して。
――言葉が届かなかったとしても、アレクセイの命だけは、誰にも、背負わせてはいけない。
「言いたいことは、本当に、それだけか?」
この先に、アレクセイはいる。
「……うん。ありがとう」
重たい扉を見上げて、肺の隅々にいたるまで息を吸い込んだ。ユーリたちと押し開けた扉の先で、流れる水の音を聞いた。
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