途方もない高い場所から、滝のように水が流れ落ちている。扉のすぐ傍に立つ親衛隊が槍を交差させて、これ以上の侵入を拒んだ。
その先に、彼は背を向けて立っていた。


「揃い踏みだな。はるばるこんな海の底へようこそ」
「――そこまでです、アレクセイ。これ以上、罪を重ねないで」
「これはエステリーゼ姫。ご機嫌麗しゅう。その分ではイエガーは役に立たなかったようだな」


エステルに仰々しく挨拶をしたアレクセイは、イエガーの末路に見込み違いだったかと溜息を吐いた。
彼の心臓に埋め込まれた明滅は頭から離れない。ずっとお道化てみせていた彼の一生を、そんな一言で終わらせていいわけがない。


「アレクセイ! かつてのあなたの理想は…何があなたを変えたんです!」


隣に立っていたフレンが、拳を固めてそう切実な声で問いかけた。彼も、長く騎士団長であったアレクセイの背を見て騎士として生きてきた。アレクセイの理想に、彼もまた惹かれていたのだ。
アレクセイは小さく笑ってみせて、騎士団を率いていた頃のような口ぶりで言った。

「何も変わってなどいない。やり方を変えただけだ。腐敗し閉塞しきった帝国を、いや世界を再生させるには、絶対的な力が必要なのだ。今の帝国では手段を選んでいる限り、真の改革をみることはない」
「違う! ザウデはそんな力なんてもっていません!」


踏み出した一歩を遮る親衛隊の槍を掴んで鳩尾に一突きし、そのまま地面に転がせ、もう一人の足元をさらって腕を引っ張り上げ、その上に叩き落した。鎧同士がぶつかり合う音がして、ユーリの口笛が響いた。
アレクセイが手元で何かを操作している。小さく、段々と大きなっていく地鳴りに合わせて、アレクセイの足元の舞台だけが持ち上がった。


「――何故、ここにお前がいるのか見当もつかんな。悪いがこれで失礼する。何分忙しいものでね」
「みんな、跳べ!!」


ユーリの声に合わせて、全員が徐々に持ち上がる石造りの舞台へと走り、踏み込んで飛び上がった。
アレクセイは眼前に術式を展開させながら、横目でこちらを窺っている。無事全員が着地をし、どうあってもやめる気はないのかとレイヴンが変形弓を広げながらそう言った。


「お前までもそう言うのか。何故だ、お前たちの誰一人として、今の帝国を良いとは思っていないだろうに」


海底から地上に向かって持ち上がっていく舞台の上で、アレクセイのやり方を間違っているのだと、目的は手段を正当化せず、痛みに満ちた強硬な手段は、それを許さないものを生んでいくのだと、皆がそう彼を止めている。
それでも、アレクセイは揺るがずに、半ば笑いながらこちらに向き直った。


「変革を恐れる小人どもめ――」
「アレクセイ」


広がっている術式を見ても、解析過程は分からない。手遅れになる前に早く、術式を止めなければ。
――アレクセイの顔を見た。背け続けていた。この暗い双眸から、十年も。


「――これは、貴方の求めている武器なんかじゃない。ザウデは、世界を星喰みから守るために作られた巨大な魔導器なんです!」
「っナマエ、なんで、あんたザウデのこと知って――!?」
「ふはははは! 何を言うかと思えば、痴れ事を。これこそ、私が求めていた世界を救うための武器なのだ。お前も、見てきただろう? この世界が如何に淀んでいたか。それを正すには、犠牲が必要だったのだ――」
「違う!!」


記憶よりも落ち窪んだ瞳が、忌々しそうにナマエを睨みつけた。


「貴方は、ずっと、あの人魔戦争から目を背けてきた! たった一人であの戦いの正しさを見つけようとして、見つからなくて、見合う犠牲を探して……たった一人、前にも進めずに」
「――ナマエ姉、」
「ただ……腐っていく背中を見ているのが、辛かった。人魔戦争から戻ってきた私は、自分のことで精一杯で、貴方と向き合うことをしなかった。誰も味方がいないまま、あの評議会の中で、ただひたすらに突き進んでいくしかなかった貴方を知ることもなく、」


私は、逃げた。
アレクセイは、何も言わなかった。ただ、おかしそうに肩を震えさせて笑っている姿が酷く滑稽だった。フレンの言葉を思い出す。何が貴方を変えたのかと。やり方を変えるしか道がなかったアレクセイの姿を、本当は知っていたのだ。見て、いたのだ。
腰に携えた剣を抜いた。すらりと長い、黒い長剣を、アレクセイは覚えているのだろうか。


「貴方も本当は気付いていたはずなんです。海精の牙を、その乗客を、ドンを、べリウスを、エステルを、帝国市民を、犠牲にし続けてたことで、もう立ち止まる術を失ったんです」


パティの恨みは晴れない。ドンを、べリウスを、彼らを失った傷は深いままだ。
彼の背後に折り重なる骸が、アレクセイの首を絞めている。彼は、まだ、それらの一つ一つに、向き合っていないのだ。


「だから、私が、止めます」


振り上げた剣を、彼は腕に宛がっていた鎧で弾き返した。


「――お前に剣を教えたのは誰だったか、忘れたか」
「もう十年以上も前の話ですよ!」


斬りかかりながら映し出されている術式は変わらない。彼の剣から逃れるように間合いから二歩分距離を置いて、リタを見た。


「リタ!! 術式の解析をとめて! 凛々の明星と対をなす結界魔導器です。リタならきっと止められる!」
「無理だ、もう私の手を離れている。いくらあのモルディオとはいえ、至難だろう」
「いいえ、貴方がこうして私の剣に付き合っている限りは、その可能性がゼロではない!」


分かったわと頷いたリタの手元を邪魔されないように、ユーリたちが囲んでくれている。これで、アレクセイからの横やりを気にすることもなく、解析を阻止できる。
アレクセイの表情が曇った。


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