崩壊の音が近づく。この聖核に、アレクセイは下敷きになる前、涙を流していた。今はただ呆然と、星喰みだけをその視界に映している。
――未来は変わらない。過去も、変わらない。それでも、


「ッアレクセイ!!」


目の前に座り込む彼の胸ぐらを殴りつけた。


「これが、貴方がもたらした犠牲の全てです!! 目を背けることは赦さない、一人死んで、逃げることも赦さない!!」


ユーリが背負うはずだった命。ユーリが斬るはずだった傷。凄惨な傷も、死も、アレクセイがただ一人で、背負えばいい。
全てを背負いながら、帝国を憂いながら、ヨーデルやフレン達が積み上げていく新しい世界を見続けていればいい。それはきっと、未来を思って身を粉にして沈んでいったアレクセイにとっては絶望に近いのだろうけれど。


「そして、また、平民も貴族もない、そんな騎士団を――」


言葉に詰まる。これは、あまりにも身勝手な我儘だ。
お前が一人生き残ったのは、為すべきことがあったのだ。
――最後の、父としての言葉だったのだろう。死に急いでいたナマエを止めるために、生存した意義を見つけ出すための嘘。キャナリがもし、まだ生きていたら。ダミュロンがもし、まだ傍にいたら。もしも、十年前に向き合っていたら。そんな過ぎ去った願望が、喉を通ることなく、目尻から一筋、零れ落ちた。


「……それが、あなたの最後の、責務なのだと思うのです」


赤の染みだらけの背中。仲間の遺品を詰めた背嚢。ヒスームの、最後の笑顔。
レイヴンの大きな手が、頭をぐしゃぐしゃに掻き撫でた。
キャナリ小隊があったことを、忘れないでほしい。彼らの心の中で、小隊の存在が、最後の砦となってほしい。
そこに、仮令ナマエの姿がいなくても。
彼らと共に目指した騎士団は、嘘じゃないはずだ。
―― 聖核の欠片が大きくなっていく。周囲からぼろぼろと剥がれ落ちる破片が、足元を覚束無くさせるほどの衝撃を伴いながら落ちてくる。


「ナマエ! 早く、逃げるわよ!!」
「リタ」


身体の内側から溢れてくる緑色の光。左腕を掴もうとしたリタの手が、空を切った。


「――私は、ここまでみたい」
「ッ嫌だよ、ナマエ、なんで……!!」
「ナマエ、ここを離れましょう! そうしたら、もしかしたら――!」


カロルやエステルの駆け寄った手が触れることも叶わなかった。
砂煙が立ち込める。このままでは、全員聖核の下敷きになってしまう。
立ち尽くすユーリを見上げた。こんな時に頼ってしまうのは、最後の我儘だと言えば体はいいのだろうか。


「…ユーリ。私は、貴方だけが背負い続ける未来が、嫌だった」
「その先に、お前がいなかったら意味ねぇだろうが…!」
「うん、本当にね…ごめんなさい。でも、私は動けない。このままじゃ、皆下敷きになってしまう」


座り込んだ地面から、一歩も動くことはできなかった。足が欠けてしまっているかのような喪失感が、胸の内から這いずってくるのを塞き止める。無理矢理作り上げた笑い顔にユーリは顔を顰めて、座り込むカロルとエステルを引っ張り上げた。その後ろにいるラピードが、パティの服を噛んでいる。


「――ナマエ」


十年間分を吐き出すような、不慣れな単語を綴るような声。
すまなかったと、崩壊の音に紛れて掻き消えてしまいそうな音が転がる。レイヴンが、彼の肩を掴んだ。


「…私、皆が好きだよ。皆のいるこの世界が、好き。星喰みのこと、任せてしまうけど、きっと、皆なら大丈夫だよ」


世界の終わりを無責任にも放り出してしまうけれど、本当は、最後までついて行きたかったけれど。


「ナマエ!」
「おい、もうやべえ、崩れるぞ!」


砂埃が立ち込める。暗い影が落ちてくる。
彼らの波のように押し寄せていた声が、ぷつんと途切れた。


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