※ 話を書く手が止まりすぎて没


中庭に行く途中、ロゼが頃合いよく歩いているのを見つけ、少しだけジュリィを任せてしまった。ジャーファルの部下であったというから、彼らだけの秘密の暗号みたいなものですぐに場所が分かるようにでもなっているのだろうかと考えてみたが、詮無いことだったのですぐにやめた。
市街地の明かりで空はほんのりと橙に染まっている。中庭の噴水を眺めながら、芝生の上に膝をついた。


「……すみません、気を、遣っていただいて」


いいえ、と笑ったジャーファルには、先程感じた鋭さはどこにもなくなっている。
同じように芝生に腰を下ろした彼は、少しの間の後、ぽつりと呟いた。


「……貴女は、一人でも戦えてしまう」
「――え」


その声に弾かれるように隣を向けば、ジャーファルと目が合った。緩く曲げた膝の上に両腕を置いて、袂から覗く腕には赤い紐が見え隠れしている。宵闇に浮かぶ白い肌に、月の光が零れる銀糸の髪が眩しく、思わず目を逸らしてしまった。
彼はそのまま、ゆっくりと話を続けた。


「たった一人で戦って、たった一人傷ついても、貴女は笑っているんでしょうね」


言葉が出なかった。
威圧感や、彼の声音がそうさせているのではなく、ただ、転がる音を忘れたかのような気持ちだった。
逸らした目を、もう一度彼に向けてみる。相変わらず、ナマエを射抜いていた。


「……そんな、綺麗な人ではないです。考えなしだって、よく怒られてばかりでした」


後衛で援護してくれといわれた戦闘も、どうしても前衛に出てしまう。フレンやユーリたちが前衛で戦ってばかりいれば、疲れもたまりやすくなる。そうすれば、何に足をすくわれるかなど分からない。少しでも戦えるなら、力になりたいだけだった。
ジャーファルは一つ瞬きをした後、遠いどこかに視線を向けた。


「――マスルールが、怖くはないのですか」
「……不意に、思い出すと竦むこともあります。それはマスルールさんにだけではなく……。でも、ジャーファルさんが、助けて下さいましたから」


リトを助けたいという思いも、ジュリィを一人にしたくないという思いも、ぶら提げておきながら、あの時は諦めていた。もう動かない手足に、流れ続ける血液に、微睡む意識に、このまま生まれ育ったザーフィアスでもなんでもないこの世界で死んでしまうのだろうかと。
そう思っていた矢先に、彼が現れたのだ。


「…そういえば、なんで無茶ばかりするんだって、怒られてました」
「今も思っていますよ。左腕のこと、私は気づけませんでしたから。そうなるのであれば、もっと強く、止めておけばよかったと、」
「それはっ、ジャーファルさんがそんなふうに思う必要なんてどこにもありません! 私が勝手に飛び出して、一人でも、大丈夫って……そう、思って、しまって」


身を乗り出して、そして思い知る。あの真暗闇の中で感じた不安を思い出す。
手の中に収まるペンダントを握り締めた。


「……本当は、一人だったことが、心細かったんです。暗くて、どこだかもわからない船の中で、いつ、皆さんが見つけてくれるかもわからない状況で、たった一人で、それでも戦わなければいけなかった。一人で戦うことに、慣れたと思っていたんです」


一人で旅をしていたこともある。ギルドの護衛をしながら一人で、見たこともない街に、森に、神殿に足を運んだこともある。そうした記憶が、一人でも大丈夫だと思い込ませていた。蓋を開けてみれば、一人でもう旅などできないと外の世界を怖がって、寄る辺もない暗闇に負けそうになって。繰り返して繰り返して、凛々の明星として動いていた時も、一人で何度も飛び出しては叱られていた。何一つ、繰り返してきたほどには成長しておらず、また自覚しては飛び出していくのだ。


「……だめですね、全然、変われそうにないです」


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