後日譚 2


先日の飲み会で見せたナマエの姿に、ヤムライハは完全に落とされていた。ナマエは意外と天然タラシの可能性を秘めているかもしれない。そんなポテンシャルがあったなんて、とも思ったが意外とその辺縁は知っていた。
かくして、そんなナマエの姿に心打たれて一芝居打ってみようじゃないかという、なんとも面白い――いや、大いに真面目に講じることとなった。なんていう名案だ。これでジャーファルも有り難く据え膳で、ピスティに寛大な心を見せればいいのだ。


「というわけで、第一回作戦会議!」
「っていっても私とピスティだけじゃない」
「だってシャルルカンは珍しく仕事だし! スパルトスはまだあんまり交流なくて知らないし! マスルールは白けてるし! 私とヤムしかいないじゃん!」


黒秤塔のヤムライハの私室に押しかけて力説すると、まあ確かにと彼女は頷いた。
メンバーが揃わないのはしょうがない。ナマエの隊の人を知っていれば声もかけたが、アルサスという隊員以外そんな色恋など一刀両断するタイプ過ぎて迂闊にもそんな真似ができなかったのだ。流石にそのあたりの引き際は心得ている。ヤムライハは目の前の術式と睨めっこしつつ、どうするのと言った。


「まずは、暫くナマエの魔法の訓練、止めてみない?」
「え! それはだめよ、今ちょうどナマエも面白さを感じてきてくれていろんな魔法を使ってみたいって、魔法力学の話をし始めようと――」
「ストップストップ! ヤム、今回の目的は?」
「…ナマエを応援しよう、じゃなくて?」


違うよ! と思わず彼女の背もたれをぽかぽかと叩く。


「ジャーファルさんがナマエのことちょっとどころか大分気になってるの絶対そうだし、これは背を押せば後はなるようになるだけなんだからあわよくば私にその恩恵が…!」
「恩恵はないと思うわ」


あのジャーファルが公私混同なんてすると思うかと、さも正論を投げかけて来られたのでその点については大人しく引き下がった。けれど、そんな思惑もないわけでは勿論ないが、純粋にナマエとジャーファルの背を押したいだけなのだ。折角できた、女の子の友達なのだ。

作戦会議から一日目。
まずは夜の魔法訓練を無くして時間を作ってみることで、執務室の滞在時間が増えるのではないかという作戦だ。昼の大広間と違って、執務室はジャーファルだけの私室空間だ。やはり余裕ある時間というのは大切だ――。そう考えていた矢先。


「ナマエちゃん? 今日マスルールさんと組手するって、いってたよ」


終業時間を終えて食堂から白羊塔の方へ歩いていくジュリィを見つけて声をかければ、この返答だ。


「ぐぬぬ、そうかまだマスルール君がいたか…!」
「確かにこの間、組手したいっていってたものね」
「――待ってヤム、これは逆にマスルール君との時間を増やしてジャーファルさんにやきもちをさせるっていう作戦はどうかな?」


ピスティは小さな指を立てて、名案だとばかりに胸を張った。マスルールとの組手は今に始まったものではないが、魔法訓練からいきなり組手に変わればそこでまた話題も上がる。日々の会話は資本なのだ。
ヤムライハは今更じゃと言っていたが、積もり積もるものがあるかもしれないじゃないか。
暫くはこれで様子を見てみることになった。



   *     *     *



作戦会議から二日目。
今日も今日とて夜の魔法訓練は中止だ。ナマエにこれもあれもやってみてほしいのにと項垂れるヤムライハは、それでもナマエのことが気になるので様子を伺いに一緒にいる。鳥は目立ちすぎるので、彼女の杖に乗って銀蠍塔での訓練の様子を遠巻きに眺めていた。どうやら魔法を駆使しながら組手をしているようで、彼女の踏み込んだ足元が衝撃で小さな円形に抉れている。


「足だけ七型魔法で強化してるんだわ、あれなら確かに魔力の消費も少なく済むけど衝撃は大きくなるし、彼が相手なら加減もしやすい。凄いわやっぱり――っむぐぐ」
「ヤム、声大きいって、マスルール君にバレちゃうじゃん」


ファナリスの彼に極力バレないよう遠目も遠目で様子を見ているのだ。いやきっとバレてもマスルールならば問題はない。彼もジャーファルのことは好いているし、ナマエのことも邪険にはしていないのだ。
この後の作戦を練っていれば、軽い衝撃音に目を向けた。マスルールがナマエを制したようで、遠くから見ると上から覆いかぶさってるように見える。


「…組手ってあんな近いのね、私には絶対無理だわ」


ひゃーと口元を覆うヤムライハに、次の作戦を思いついた。



   *     *     *



作戦会議から三日目。
今日は外勤の仕事があり、スパルトスと商船の警護を終えて王宮に戻ってきてみれば、なんといいタイミングに出くわした。
赤蟹塔から出てくるナマエとマスルールが白羊塔の先の食堂に向かって歩いていて、白羊塔から紫獅塔に向かってジャーファルが歩いているのが上空から確認できた。時刻は夕方で、ジャーファル以外は仕事も終わっているはずだ。方向的にはなにも声をかけなくても三人は鉢合わせるが、ここは一度くらいは掻きまわしてこなければ。
ピスティは中庭に降り立ち、様子を伺いながら三人がお互い顔を認識したあたりで飛び出した。


「あ、ジャーファルさん、お仕事無事終わりましたよー」
「おやピスティ、お疲れ様です。何か問題はありましたか?」


大丈夫でしたと返答しながら、様子を伺う。
ピスティがジャーファルに話しかけたときに、丁度目の前にナマエとマスルールが現れた。急いでいる風はないので、問題ないだろう。


「ナマエ、マスルール君も、お仕事終わったの?」
「ピスティ、ジャーファルさん、お疲れ様です。私たちもこれで終わりましたよ」
「――そうだ。二人とも、この後何か用事とかあるの?」


恐らく今日も組手をするだろう。二人は顔を見合わせて、ナマエがやるならとマスルールが言った。


「うん、できれば今日もマスルールにお願いしようと」
「――魔法の訓練は、ないのですか?」


よし来た。マスルールの敬語が抜けたのもここ数日の話だ。タイミングがなければこの雰囲気はジャーファルにとって初めてだろう。内心ヤムライハに手を振りながら、今は静観するに限る。


「はい。なんだか、今やらなきゃいけないことがあるみたいで…」
「ピスティ、は何か知ってますか?」
「! え、私は全然、ヤムの仕事はよくわかんないですし」

ジャーファルに突然声をかけられて思わず心臓が高鳴った。これだから彼の感覚は侮れないのだ。疑わしい目で見てくるので、ここは早々に退散したほうがよさそうだ。
報告までにと挨拶をして素早く立ち去れば、背中に怪訝な視線をこれでもかと浴びた。



   *     *     *



作戦会議から四日目。
昨日は少し出しゃばり過ぎてしまったので、今日は大人しくする日だ。やることもなくつまらないので、折角なので銀蠍塔に行ってマスルールたちの様子を見に行こうと思い立った。
最上階にはいつも通り二人がいて、ナマエの荒い呼吸が響いている。


「っは、――!!」


上段からの蹴り。マスルールの受け止めた腕が弾かれ、浮いた足が空を踏んで二発目が同じ場所に決まる。着地の度に重い衝撃の音が響く。あんな力を、マスルールが受け止めているのかと思えば流石はファナリスだ。詰めかかるナマエの蹴りを受け止めながら、彼が拳を握って顔面目掛けて振り下ろした。ぱきんと薄い氷が割れるような音がして、次いで参ったと弱弱しい声が零れた。


「っはあ、は、っ…は!」


呼吸すらも苦しそうな喘鳴が銀蠍塔に響いている。大丈夫かと気遣うマスルールの言葉に、辛うじて細い声が返ってきた。


「だんだん、短く、っなってる、よね」
「魔力の回復が追い付いてないんじゃないか」
「そ、ういう、ものかなあ」


床に寝転がったまま動かないナマエの傍にいたマスルールが、ちらりとこちらを見た。とくに何か言いたいことがあるわけではないようで、そのまま彼女の方に視線を落とす。


「意外と、あんた頭使わないんだな」
「……ひどい言い草」
「発散したくて毎日組手をするのは俺は構わんが、何の解決にもならないと思う」


マスルールはいい人だ。優しい。言葉は不器用でも、それはある意味相手を選んでいるからで、正面から向かってくる人にはしっかり受けて立つ人だ。
毎日これだけお互い息を上げながら組手もしていれば、シャルルカンなら言葉もいらないというかもしれない。ヤムライハやピスティにはちっとも理解できない感覚だけれど。


「――マスルールは、言葉が多くないから心地が良い」


少しずつ息が整い始めて、それでもナマエは起き上がらない。


「……私、この国で生きていくと決めたの。国軍として国を守るためなら、なんだってする。でも、ジュリィはこの国で生まれたけれど行く当てもなくて……このまま私と一緒にいてもいいのかな」


――シンドリアにも、戸籍がある。国民の状況を逐一把握するためのシステムにそれがあり、ナマエは恐らくまだ未登録だ。何せ、ついこの間漸く帰ってこれたばかりだったから。そして、ジュリィの両親は先の一件で疾うに他界している。ジャーファルを父のようだと、ナマエを母のようだと言ったのは、彼女によく懐いていたからで、責任を押し付けたかったからではない。
ジャーファルのことが好きで、それでもナマエは自分のことよりもジュリィのことを気にしていて、距離感を図りかねていたんだ。確かに、彼女は朝から夜遅くまで何かをしている。ジュリィとの時間をもしかしたら作らないようにしていたのだろうか。いつか離れても、いいように――。
マスルールは何も言わない。ヤムライハやシャルルカンの愚痴を聞くときも、彼はいつも余計な一言は言わないで、それでもただ静かに聞いてくれるのだ。


「私は、この先もあの子の傍にいれたらと思ってた。でも、」


彼女はゆっくりと立ち上がって、少し伸びた前髪を掻き揚げた。


「そんな気持ちで、いいのかな」
「……俺は、ジャーファルさんじゃない」
「? うん、そう、だね?」


マスルールが、再びこちらを見た。なんとなく、言いたいことが分かった様な気がする。


「どうせなら、本人に言わないとね!」
「ピ、ピスティ!? なんで――っひ、マ、マスルール、もしかして――」
「うっひゃー!!」


ナマエを肩に担いだマスルールの、その太い首にしがみついた。彼は待ってと何度も叫ぶ彼女に、有無を言わさずそのまま最上階から飛び降りた。


「これ嫌なんだってええええ!!」
「すごいねマスルール君!」


珍しい彼女の悲鳴が短く響いたところで、何事もないように彼は着地してそのままスタスタと白羊塔の執務室へと向かっていく。


「待って、本当に待って! まだ考えてて、!」
「ねえ、ナマエ。ナマエが考えてることって、ナマエ一人でも答えって見つかりそう?」
「っ」


ピスティは、もっと単純なことしか考えていなかった。一緒にいたいならいればいいし、そうなれない理由があるならとことん話せばいい。そんなふうにしか考えていなかった。純粋にナマエもジャーファルのことも好きだから、だからすれ違ってほしくない思いでこんな作戦を立てていたけれど、きっとそんなのどこにも必要なかったのだ。


「優しい声ってね、分かるんだよ。誰かの事をいっぱい考えてたりとか、想ってたりする声って、聴いててすごく温かくなるの。動物たちだってそうなんだもん。ナマエも、ジャーファルさんも、そうじゃないはずないじゃん」
「開けるぞ」
「! 待っ、その前に、下ろして――」


執務室のドアを開け放った彼は正面を向いていて、背中に顔があるナマエにはきっとこの状況が少しも伝わっていないだろう。
マスルールにぶら下がっていた腕を離して、室内を覗けばジュリィとジャーファルが話をしている最中だったようだ。二人とも目が零れそうなほど大きく見開いて、固まっていた。マスルールはゆっくりと肩に担いだナマエを床に下ろして、それじゃあと帰ろうとする。


「ジャーファルさんお話があるから、ジュリィちゃんは私たちとお喋りしよー!」
「えっう、うん」
「ピスティ、」


二人から呼ばれた名前が重なって、ジュリィの手を握って手を振った。


「マスルール君に嫉妬なんて良くないですよ、ジャーファルさん」


最後までナマエの困惑した助けを求める目に、笑ってドアを静かに閉めた。
背中は押し切ったのだ。思っていた作戦とは違うが、後はなるようになれ、だ。

(後日譚 2 続)


- 134 -
BACK TOP