後日譚 3


ナマエとジャーファルが晴れて想いを通わせて半年が経った。ピスティやヤムライハはすぐさま事情を聞きつけて、作戦の甲斐あったなんていうことをジャーファルに聞かれて何やらを言われたようだが、結果的に強くは出られない彼に対して喜んでいたに近いかもしれない。どちらにせよ、彼女たちに背を押されたことに変わりはない。
暫くはそんなふうに周りから囃されることもあって顔が緩むこともあったが、それも今はほとんどなくなった。何故かと言えば、それぞれの仕事の忙しさの所為である。
ナマエが魔法使いであったということを報告したため、剣も使えて魔法も使えるということで一日中海上警護につくことが増えたのだ。十三隊として活動していたかった彼女には思ってもみない異動で、しかも慣れない海兵たちとの訓練や連日連戦の状況に疲労も困憊であった。夜になれば王宮には戻ってこれるのでベッドで寝られているおかげか、魔力切れが起こらないだけマシである。
ジュリィはナマエのもとに残ることを決め、現在は黒秤塔で行われる授業で日々勉学に励んでいる最中だ。それぞれが別の形でも、前に進んでいた。


「…明日から三隊勤務で三日間、アクティア間の航路警備……」


風呂に上がってからまだ髪も濡れたまま、どさりとベッドに身を放り投げた。授業の宿題をテーブルに広げているジュリィが、うつ伏せで倒れ込むナマエの髪をタオルで挟んでいく。


「ナマエちゃん、大丈夫?」


学校に行くことで精神的にもだいぶ安定してきたのか、今では彼女の方がしっかりものだ。宿題を見守ってくれているロゼも、流石に呆れ笑いを零した。


「…海上警備、回され過ぎじゃないの? もともと十三隊の仕事は市街地担当でしょう?」
「三隊に配属が決まったから…もうこの先ずっと航路の警備…」
「ああ、成る程ね」


航路警備の隊はシンドリアの国柄もあって多い。一から五隊が基本的に商船や客船、外交に出る際のシンドリア船を警備している。そこから不足があれば補助的に十隊までが割り当てられ、十一から十三隊は市街地から国営商館に至る国内の警備、十四隊以降は王宮警備に勤めている。そういうふうに決まっていたのだ。
十三隊配属のままであれば、半月に一度の海上警備で済んでいた。
元々凛々の明星ブレイブヴェスペリアも船で海路か空路で旅をしていたので、海上自体が苦手なわけでは全くないのだが、如何せん南海生物に不定期に現れる海賊と厄介ごとは多い。いや、あの頃は魔物が多かったから、今の方が戦闘回数は少ないだろうか。魔力を使うからなのか、この疲労感はこれまでのものと比べ物にならないくらいだるい。


「そういう時は魔力の出力が不安定になって魔法の精度も鈍る。気を引き締めてね」
「そう、だよね――……」
「…ナマエちゃん」


最後にジャーファルに会ったのも、もうどれくらい前だろうなと数えながら、いつの間にか意識はぐったりとなくなっていた。



   *     *     *



翌日、正式に三隊への配属が決まった。
一、二隊は貴賓や商船でもとりわけ大きなところに対する警備が多く、八人将もどちらかといえばそちらに多くつかされる。勿論三隊以下に八人将がつかないわけではないが、貴賓クラスを考えたら警備に差はある。何かあれば国家間の大事になるので、それは仕方のないことだ。
対象の船の前で点呼を取りながら、三隊隊長に呼ばれて隊列の前方に移動する。隊員数は二十人。うち一人は、あの三戦三敗した忘れられもしない、隊で一番の屈強な男がいる。目が合うなり、苛立たしそうな視線を浴びたが、こちらも上官命令なのだ。


「本日付で三隊勤務になったナマエ隊員だ。魔導士でもあるから遠距離から近距離果てに回復魔法も任せられる。防御魔法で盾にもなるな。力仕事は無理だろうから助け合っていこう」


背中を叩かれて、指示に従って戻る。
――防御魔法で盾にもなるとはまた、ヤムライハが聞いたら発狂しそうな科白だ。彼女がいるので魔法使いへの認知は高い方だと思っていたが、違うのだろうか。それとも単純に、舐められているだけか。いや恐らく、後者だろう。総合訓練でも十三隊はとくに目の敵にされやすい。何故だかは知らないが、アルサス曰くそういう隊なのだという。
眉間の皺が寄りそうになって、肩の力を抜いた。彼が隣にいれば、きっと眉間を指差していただろう。もしかしなくとも、十三隊に配属されたのは隊員の性格による可能性もある。とにもかくにも今は、この怒涛の三日間を乗り切るほかない。
隊長の朝礼では、中日に八人将の一人、ヒナホホが乗り合わせることになっているようだ。何でも中日の商船の荷が一番高価なようで、そういうものは海賊にも狙われやすい。今までの市街地巡回とは比べ物にならない緊張感だなと思いながら、船の出航を見届けた。
初日はアクティアへ輸出物を届ける。シンドリアの特産であるパパゴレッヤも多く積んでいるからか、仄かに船内が芳しい香りがした。


「ナマエ君」


甲板の左翼守備についていたが、不意に副隊長に船内へと手招きをされた。穏やかな海で揺れも殆どないからか、隊員たちはまだ気儘に過ごしているようだ。
甲板から段差を跨いで手前から三番目の部屋に通された。ごく狭い一室は、副隊長の部屋になっているようで、壁から迫出た座面に腰かけて彼は言った。


「…三隊は、八人将様方が乗り合わせない船を警備しなければならない。従って、とりわけ武に秀でた者が選ばれる。この隊は年数の序列も関係ないんだよ。分かるか」


――以前少数対多数の総合訓練の際には、三隊の顔ぶれもあったが、ナマエが倒した者も多くいたはずだ。海兵一の男は別として、そこまで強調されるのも少し腹が立ったが事は穏便に済ませたい。
要は彼が言いたいのは、魔法使いでなければ三隊に相応しくはないのだから精一杯盾に勤めよということだ。


「ナイフ一本の訓練とは違うんだ。海賊に出くわさないことを祈っていなさい」


あの大男が安い挑発ばかりかけてくるのは、どうやら隊長譲りのようだ。朝礼での盾発言もなかなかだが、売られた喧嘩は残らず拾う主義だ。騎士団にいた頃から、その手のものは慣れている。つまりは知らしめればいいのだ。ぐうの音も出ない程に。
――盾でもなんでも、やり通してみせる。引き攣りそうになる顔面を抑えながら、爪先をねちねちと踏まれる嫌味に耐えて甲板に戻った。
将軍の誠実さが等しく部下に注がれているかと言えばそれは難しい。集団が大きくなればなるほど、統括しがたい。隊はすべて将軍のもとに並列なはずだが、隊で序列が出るのは何なのだろう。感情的になるほど格好の餌だ。努めて冷静を装って、航海の半分を終えた頃だった。
突然帆船の進みが止まった。船底から何かが擦れるような音が響いている。甲板にいた全員が戦闘態勢をとった瞬間、船首から右翼にかけて長い触手が伸びてきたのだ。


「お、早速出番だぜ!」


共に左翼警備をしていた隊員に後ろから突き飛ばされて、全員の目がこちらを向いた。


「……分かりました」


長剣を抜いて、向かいくる足を一本、二本と斬りおとす。斬り落とされてもなお怯まない触手が引っ切り無しに船首に向かうナマエを襲うも、周囲の武官は武器は構えながらに手出しはしてこない。戦うつもりはないというのに臨戦態勢を解かないのは商船を操舵する乗組員たちへの体裁なのだろう。
ーー南海生物は船体に張り付いているようで、このままでは船ごと転覆しかねない。
右翼船体から身を乗り出して下を確認すれば、本体であるアバレヤリイカは海面すれすれにいた。剣を胸の前で構えて、命令式を構築する。
身体の周囲を水の膜で覆い、船体から飛び降りる。機動性は空中より落ちるので、素早く剣を下段に構えて、アバレヤリイカの本体を断ち切った。斬る瞬間に吹かれた黒い液体に視界を奪われるが、斬った感触はある。水を踏み蹴って海上に飛び上がれば、本体から切り離された触手が船体に絡みついたままだ。突風で剥がしとって、水魔法も解けば黒い液体ごと海に落ちていく。船体に手をかけて甲板に戻ると彼らからすれば面白くはないのだろう、剣を収めて配置に戻っていった。


「魔法ってのは便利なもんだな」
「……」


海兵一の男は大剣を肩に担いで、船首にまで歩み寄ってくる。もともと彼の持ち場だったのだろう。彼は目の前まで来ると、ダンと大きな音を立てて剣先を甲板に下ろした。


「お前今までずっと、魔法使いながら隠してたんじゃねえのか」
「…違います。本当に、この間まで自分が魔法使いだったなんて知らなかっただけです」
「ハッ。なんでもいいが、お前十三隊にいた頃は訓練に参加してねえ時もあっただろう。病弱だが何だが知らねえが、剣だけでここまで来た俺たち海兵を舐めるなよ」


――理由は交々あったが、性差だけでも目立つというのにそれが時折長期的に仕事を抜けていればより癇に障るようだ。確かに、至極真っ当な意見だとも思う。
男は訓練の時とはまた違った目で見下ろして、


「一人で海賊とやりあったと聞いたときは面白れぇと思ってたが、ただのイカサマ野郎じゃねえか」


濡れた長剣を拭って収め、拳を握って正面から見上げた。


「魔法はただの素質です。剣も魔法も、磨かなければ上達しません。それになんの差があるんです」


武醒魔導器を持たなければ術技が使えない一般兵と同じだ。魔導器を持てば術技を始めスキルがもたらされる。ただ、魔導器に変わるルフを見る目が備わっていただけだ。魔導器を持っていたとしても宝の持ち腐れのような人もいれば、敵わないと思う人もいる。強くなりたいと思い鍛錬しなければ使いこなせないままだ。
男は何も言わずに、腕を組んで船体に寄りかかっていた。
会釈して元の持ち場に戻る。言いようのない、違和感だった。

(後日譚 3 続)


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