後日譚 3


最終日はアクティアまではいかず、航路を巡回して警備することになっている。荷は積んでいないが、最近アクティア海軍の巡視船も少ないことからシンドリアからもそのための船を多く出しているのだ。なんでもマグノシュタットと呼ばれる近隣国との国防に兵を注いでいるようで、海賊の対処も遅れているだなんだと隊長がいつぞやに零していた。
今日のポジションは上甲板で、船首側の甲板からはまた違った風景だった。周囲が海であることに変わりはないのだが、より高い場所から見るとアクティアの大陸もシンドリアの外壁も見ることができた。セレスタは船首にあの大男とともに守備に就いているようで、そういえば総合訓練の際は相手の中に彼がいなかったので戦ったことはなかったが、隊内の雰囲気からして実力は相当のものなのだろう。
ーー出航してどれほど経っただろうか。目的地があるわけではないので、ひたすらに行き来を繰り返している様を見ると時間の流れも遅く感じる。だんだんと風も出てきて、いつのまにかどちらの国の辺縁も見えなくなってきていた。嵐まではいかずとも、天気は荒れそうだということは容易に予想がつく。このぐらいではまだ引き返すほどではないが、航路に無防備な船が残される状況だけは避けたかった。

それから三、四時間は天気も持っていたのだが、次第に弱い雨が降ってきた。波も先程より高くなってきている。時折足場がぐらついて、思わず船体の縁に寄りかかった。
遠くから、一隻の船だ。掲げる帆にはシンドリアの紋章を掲げている。
もうあと一時間もすれば日も暮れる頃合いで、悪天候も相まって辺りは薄暗かった。恐らくこれが最後の一隻だろう。
シンドリアの商船が隣を通過する。暗くてよくは見えないが、ひどく静かなことが気にかかった。


「おい、マスト! あの船やけに静かすぎねえか」


セレスタが声を上げれば、マストが雨に前髪を掻き揚げながら目視で確認している。いくらなんでも目視では暗すぎる。


「フラーシュ」


剣先から上空へ向けて光魔法であたりを照らすと、マストではなく左翼側から声が上がった。


「海賊だ!!!」


シンドリア船とは反対から上がった声に振り返れば、小型船が船影に紛れて接近しているようだった。それから突然の高波が船を襲い、甲板にいた武官は全員足場を崩される。
その隙に乗じて上空から三人、小型船から十人、右翼側からも十人程が乗り込んできたのだ。


「金目のものは置いていきな!!」


上空から下りてきた三人は、一人を除いて人間だった。本降りになってくる雨が強く体を打ち付ける。
甲板での戦闘は入り乱れていた。更には魔法道具もいくつか所持しているようで、水属性の弾を放っていた。上甲板から飛び上がる。振り上げられた剣と、威力の強い弾に吹き飛ばされた武官の間。ナマエの防御魔法は、ヤムライハには劣るがこのくらいでは割れなかった。盾にだってなったっていい。誰かを守れるのならこの魔法は盾と同じだ。
周囲に張った防御魔法に弾かれた男の身体を、抜身の長剣で一閃する。周囲に確認できた海賊の足場を凍らせて動きを止めると、上空に浮く男を見上げた。


「珍しい、魔導士が乗り合わせてるのか」


単純な魔法攻撃になった場合、恐らく勝ち目はない。ナマエにとって魔法を使った本格的な対人の戦闘は初めてで、更に単純に魔法技術に劣る。
すぐさま飛び上がって剣を振り上げる。防御魔法で通らないのは分かっているが、彼は魔導士であるナマエが剣を持っていることに驚いていたようだった。
彼は突風でナマエを甲板に叩き付け、杖を振り上げる。詠唱がない分動作が早く、相対魔法を組んでいる時間はない。ならば、できることは一つだ。
飛び上がり、防御魔法に蹴りを入れる瞬間、七型魔法で威力を底上げさせる。魔導士の男が海面に叩き付けられた拍子に波が立った。
甲板の海賊は魔法武器もあるようだが数も限られているようで、心配する必要もなく制圧も間近だろう。
甲板で下半身を氷漬けのままにされていた海賊を溶かして捕縛を任せると、頭上から雷撃が閃いた。甲板に落ちた雷は、雨を通してその場にいた武官殆どに感電する。前もって仲間に魔法をかけていたのか、彼らはまったくの無傷だった。まだ縄にかけられていない海賊数人が船首に集まり、舳先に降り立った男を囲む。
防御魔法も割れて攻撃を受けたナマエは、それでも剣の柄を必死に握りしめていた。揺れる船体に足元を崩されないように立ちながら、それでもあまりの痺れに両足がまだ動けないでいる。


「ちっ…しかし魔導士としては弱いか」


海賊五人、魔導士一人。防御魔法があったおかげでナマエはとりわけ軽傷で済んでいる。
――思わず、笑いそうになった。
雷撃につくづく運があるようだ。それでも、こんなものあの日の雷に比べたら痛くもない。屈んでいた体勢から立ち上がり、左下段に構えた。セレスタを横目で確認するが、彼は気を失ってはいない。
――飛び出した身体で中央にいた海賊の大腿部を貫き右手に持ち替えてもう一人の同部位を斬り裂いて一歩、後退する。開けた道を駆け上がり、魔導士の背後に回って足を振り上げて甲板に叩き付けた。
防御魔法も万能じゃない。体勢が崩れて立ち上がろうとしたところで、刀身に雷を纏わせる。背後で、剣がぶつかる音がした。


「物理攻撃が効くはず…!?」
「ッーーはああ!」


振り上げた剣が防御魔法に触れる。膜に弾かれるが、強く押し込むたびに軋む音が弾ける。パキ、と割れる音に広範囲なヒビ。最後に再び剣を振り上げ、ヒビのある箇所にたたき込んだ。
砕け散った透明な破片。持ち上げた右足のつま先が側頭部に入る。床に叩き付けられた男は、そのまま意識を失った。


「セレスタさん!」
「こっちも捕縛完了だ!」


――相手の懐に入り込む刹那、動けそうなセレスタに的を絞って治癒魔法を施したお陰で、残り三人の残党を捕らえることができた。
そうして、増援の兆しもなく海賊の掃討を終えた。
剣を鞘に納めて、雷撃で気を失っている武官をできるだけ寄せ集める。剣先を床に突いて、周辺に治癒魔法を展開した。この範囲ならまだ魔力も治癒に回せる。


「治癒が必要であれば――っぅわ!」


ひどい波に船が大きく傾いた。いつの間にか目も開けることもままならないほどの雨に、怒号が飛び交う。雨で滑りやすい足元にナマエももれなく尻を打ち付け、船体の揺れに合わせて動いた身体を、誰かが首根っこを掴むことで止めた。ぐえ、と反動で情けない声が上がる。見上げれば、その影のおかげで雨が止む程の大きな男がそこにいた。


「おい、まだ動けるんだろうな」
「は、はい」
「向こうの船まで行けるか。できればセレスタ連れて行ってくれ」


仲間の船があるのだから、見捨てて引き返すなど出来る筈もない。けれどセレスタを連れていけるほどの魔力もなく、自分だけならと言えば使えねえと文句を吐かれながらも引き上げられた背中を押された。


「最後まで気張れよ」


目も合わさなかったが、彼なりの譲歩だったのかもしれない。
雨で服が重い。船を繋ぐためのロープを片手に、船体から飛び降りた。風に煽られながら飛ぶのは難しく、段々と身体の中心から鉛が詰まれていくような重だるさを感じる。息が上がる。
なんとか船に辿り着き、教わった通りにロープを結索した。甲板に三人倒れているが、ルフが離れていないから生きているだろう。最大限の力を振り絞って結びつけて合図を送れば、セレスタがそのロープを這ってやってきた。言葉で言うと簡単だが、この強風に不安定なロープにそこそこの距離もある。


「…実は、魔法使いなんですか?」
「んなわけねえだろうが! おいあいつら生きてんのか」


疑念の声を馬鹿言うなと一掃した彼は、倒れ込む武官に駆け寄りしゃがみこんだ。
血を流してはいるが致命傷は避けている。意識ははっきりとはしていないが、危険な状態ではないようだった。


「私の魔力も多くありません、できれば他の方もまとめて回復したいです」


魔力切れだけは避けなければいけない。セレスタは頷いて、二人を担ぐと船内を索敵するぞと顎で扉を指した。ナマエも一人を引きずりながら、扉の前で一度剣を抜いてからゆっくりと開ける。
廊下は暗く、潜む音もない。彼はひとまず雨の凌げる段差に三人を下ろし、船長室に背中を当てた。ノブに手を当て、一息にドアを開ければその先には捕縛された乗組員の姿があった。まずは索敵を優先に、順当に室内を確認して回る。武官が適当に投げ込まれている部屋もあれば、もぬけの殻の部屋もある。どちらにせよ、やはり敵影はなかった。


「怪我を、されている方は?」
「船員は皆無事です。軍人の方を診て差し上げて下さい」


縄を解いて確認したところ、船員十数名は大事ないようだ。
武官は全員で二十名、うち三人が重症で他は気を失っているだけだった。出血がないわけではないが、この怪我なら止血処置すればシンドリアまでなんとかなるだろう。
――三人の怪我を全開させるだけの力はない。個々に施せば状態は良くなるだろうが三人目が厳しい。今できる最大限は、三人同時に治癒させることだけだ。傷口だけでも塞げば失血は避けられる。セレスタはナマエの前に三人を固めて、少し離れた。できるだけ範囲を小さく。大きな損傷以外は目を瞑る。それぞれ腹部、腰部、胸部。剣を三人の上に乗せて、目の前に散らばるルフを見た。

(後日譚 3 続)


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