後日譚 3
魔法は一切使わない。防御魔法も抑える。武器も何でもいい。ただ相手を屈服させるだけの試合。
訓練中ということもあり武器は刃の引いた剣だが、それでも当たり所によれば怪我は避けられない。あの言い方だとこれを機に辞めさせるため、全力でかかってくるだろう。余計なことは考えず、手加減もしない。その方がいい。
二人の異様な雰囲気に周囲にいた武官らが視線を送ってくるが武器が訓練用の剣である限り、邪魔をしてくることはないはずだ。
互いに中段で剣を構える。正中を捉えた揺らがない剣先。じりじりと砂利がすれる音に、飛び出したのはセレスタだった。
大振りの攻撃。素早いがシャルルカンに比べれば遅い。右前方に一歩踏み出して剣先を左に滑らす。そのまま彼の右わき腹に一閃叩き込もうとしたが、彼は不安定な突撃の体制のまま半身翻した。ナマエは右足を軸に反転し、向かい合う。飛び上がり距離を詰めて振り抜かれた剣を上段で防ぎながら、彼の剣のいきおいを殺さずに自身の剣を縦にする。刀身を滑らせたセレスタの剣はそのまま前方につんのめるが、剣を床に突いて跳ね上がった。
彼の着地と同時に薙いだ一閃を、体側に剣をつけて防がれる。
――アレクセイとの剣の修行は、綺麗な型ばかりだった。没落貴族といえどディノイア家の身分は貴族だ。そして心は騎士であった。そんな人の剣は弱さや隙を許さず、確かに強い剣ではあったと思う。それでも、ナマエにはそれだけでは強くはなれなかったのだ。
実戦では相手は必ず一人とは限らない。必ず手に持つ武器だけとは限らない。どんな状況でも剣だけには頼らない。
騎士の剣だけでは、力で押されることを前提としない。
振り抜く剣を緩めない。彼に肉弾戦に持ち込まれれば不利になる。その状況にさせないためには、追撃の手を留めないことだ。これは騎士の剣に近い。責め立て、追い込み、相手を挫く。
魔法がなくても、身体に染みついた剣さばきはある程度開けた舞台ならば通用する。
「――クソッたれが!」
下段から振り上げたセレスタの剣に半身逸らして避けるが、すぐさま振り下ろす剣に変わる。鍔のあたりで受け止めれば、無理矢理に押し込んでくる力に半歩引いて、重心が前に傾いた彼の腹に剣を叩き込む。相殺するべくその瞬間に後ろに跳んだようだが、手応えはあった。
彼はステップを踏んで立ち上がり、げほと噎せながらも跳びかかってきた。
ナマエが剣を構える限り、彼も剣で答えなければ実戦では四肢を斬り落とされるだけだ。だからこそ、彼はその剣を落としにかかる。
何度かの競り合いの中、凪いだ剣を引き戻そうと返した手首を、彼が捕まえた。
片手で握った剣を振り上げてくるが、手首が捕らえられていては離れられない。振り下ろされる直前、左膝を肋骨の下にめり込ませる。剣を握る手は止まった。歯を食いしばって、彼の突き出た顎目掛けで頭突きをかます。一瞬緩んだ拘束はそれでも剣だけは離さなかった。間合い以上の距離を空けて、互いに動きを止めた。
「っチ…今のうちにやめときゃ、痛い目見ねーぞ」
無言で拳を握り構えれば、それは愚策だと笑った。彼はナマエの剣を捨てて、鋭く睨みつける。
彼が地を蹴った瞬間、大腿部から短剣を取り出した。訓練用の短剣だ。柄に収納されるギミックは遠目から見ても判断はつく。
彼は中段から斬り裂くように振り抜いた。いつもであれば体勢を低くして構えるが、それは彼の術中だろう。バックステップをして剣を回避、靴底で刀身を押さえつけて右から蹴り上げるが、左腕で防がれた挙句足首を掴まれて叩きつけられた。いつもとは違う、強い力だった。その様子に、周囲が喧嘩かと騒めく声が紛れ始める。
「ッ軽ィんだよ。靴に仕込んでるもんも分かってても、それでも軽ィ」
「っ、つ」
すぐさま立ち上がり相手から距離を取って構えは解かない。左のこめかみから血が流れる。ぐいと拭ってから、跳びかかった。短剣を構えれば足元を無力化されるイメージが強いのだろう。剣をやや下段に構えた彼は、足元を裂くように剣を振るうがナマエは頭上をひらめいた。後方に着地後、床に手を突いて両膝窩を脛で蹴ればがくりとセレスタの膝が抜ける。左肩を捕まえて背部から叩き付け、胸部に跨り素早く左腕も踏みつけて短剣を首元に宛がった。
「――これでも?」
「迷わず刺せるならな。躊躇えばァなあ!」
上体ごとぐるりと反転して、上下が逆転した。上半身に圧し掛かる男の重さは覆せない。
彼は笑って、ここからどうすると言った。すうと息を吸う。最終手段だ。
「すみません!」
「ッ――!!」
自由だった足を蹴り上げた。今のところ人生で二度目だが、効果は抜群だということを知っている。
――下腹部を押さえて思わず上体を丸ませた彼の脇腹を蹴り上げれば簡単に動いた。
「ッおま、え、それはねェだろ…」
「す、すみません…」
そうは言いつつも、弱点は突いていくべきだ。おかげで捨てられた剣を回収して再び振り出しに戻った状況に、セレスタは肩を僅かに震えさせながら立ち上がった。
「私は、前線に出てはいけませんか」
――騎士団長の娘でしかなかった小さい頃。ナマエの周囲には確かに護衛と呼ぶべき人たちがいた。彼らは事があれば命を投げ打ってでも救いましょうと笑っていた。けれど、そんな違いは寂しい。小さな女の子と、彼らの命が等しくないことなんて、そんな差は悲しすぎる。優先すべき命があることは分かる。シンドバッドに何かがあれば、一番に守らなければならないのは彼の命だ。セレスタが言いたいことも十分、分かっているつもりだった。
「……あんなふうには、もう、言わないでください」
これはただの、我儘な願いなのだろうか。
彼は盛大な溜息を吐いた後、どよめいていた武官たちに「何手ェ止めてんだよ続けてろ!」と一喝した。それからつかつかと距離を詰めると、優しくはない力で胸倉を掴んだ。
「お前が次に一度でも倒れてみろ、俺はお前を辞めさせるからな」
「――はい」
(後日譚 3 続)
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