※ TOV世界での過去話。虚空の仮面ネタバレあり。Vキャラのみ、ネタバレありが苦手な方は飛ばしてくださっても大丈夫ですが、次回以降作中でこの話が出てきます。ご留意くださればと思います。
見渡す限りの砂の山。甲冑の隙間から流れる鮮血は自分のものなのかはたまた魔物のものなのか、よくわからなくなっていた。
比喩でもなんでもなく、私たちの後ろに続くのは仲間だった肉塊の道。息切れの音ばかりが暗闇の砂漠に沈んでいく。何度目かもわからない、砂に足を取られて膝をつけば、後ろを歩いていた小隊の副官であるダミュロンの大丈夫かという声とともに強く引っ張りあげられる。はいと、声を出す体力などすでに底をついていたが、それでも気力だけで頷き声を上げた。
背中に抱えていた弓矢は、とうの昔に折れた一矢を残して打ち尽くしていた。魔物を退けるために盾とした変形弓は今はどこかの砂丘に埋もれている。腰に携えた己の剣一本に、安堵も絶望もわかなかった。
ふいに暗闇を切り裂く眩しい光がすべてを照らした。太陽か、と闇に慣れた両目を腕で庇を作りながら首をひねって見上げれば、瞬間聞き覚えのある銅鑼のようなけたたましい轟音と砂塵の混じった熱風に吹き飛ばされた。砂丘を勢いよく転がり落ち、四肢が投げ出される。何人かの騎士がそれに続いた。
背中を打ち付けた衝撃にうめき声をあげ、頭上より降り注ぐ砂やらひしゃげた甲冑やら馬車の破片やらをよろよろと腕で防ぎつつ、砂丘を駆け上っていたダミュロンやキャナリの後に続いて砂を蹴る。燃え盛る炎に頬を焼き、最早声も出なかった。砂丘と砂丘の間、友軍が待機していたそこは地面が深くえぐれ、砂さえも轟々と燃えていた。その奥の砂に埋もれた人影は動く気配がなかった。
ゆっくりと見上げれば、炎の向こう側に巨大な二つの目を見た。焦げ茶の長い体毛を揺らめかせて嘲笑っている。不気味なほど秩序めいた魔物の一群が、砂丘を駆けあがってくる。爆発を逃れた小隊の隊員たちと共に小隊長のキャナリの「集合」の呼びかけに陣形を組んだ。千人近くいた騎士団は今や四十にも満たなかった。疲弊した騎士たちに猛然と襲い掛かる魔物の群れに陣形は崩れ、ひとり、またひとりと倒れていった。
「小隊長、ダミュロン、ナマエ!」
生き残った馬に跨り駆けてきた班長のヒスームは、丁度集まっていた私たちのもとで馬から飛び降りる。そうして、馬に乗りこの砂漠を超えた海で待つ艦隊を目指せと告げた。その言葉にキャナリは気色ばんだが、彼は動じなかった。
「あなたがいれば、小隊はまた再建できます。そうなれば何一つ無駄ではなくなる。たぶん、それがあなたの責務だと思うのですよ、小隊長」
「こんな……こんな風になるために、私はこの小隊を作ったんじゃない」
滅多に笑うことのないヒスームが微笑んだ。彼はダミュロンに背中に抱えていた背嚢を渡す。膨らんだそれには、いまも砂丘のどこかに置いていかれたキャナリ小隊隊員たちの形見が詰まっている。
「副官の仕事だ。最後までしっかり務めろよ」
「……大役だな」
奥歯を噛んだ。震える唇をかみしめる。脳裏に、小隊の仲間の顔が浮かんだ。
ヒスームはそんな私に気づいて、赤い染みだらけの手で頭を撫でた。
「生きろ、ナマエ」
生きろ。告げられた言葉にせめて元気よく頷こうと声を上げようとしたけれど、こぼれたのはそんなものとは程遠い濡れた声と目尻からのそれだった。隣に立っていたダミュロンが苦い顔を隠しながら私の頬を拭い、キャナリが私と似たような表情を必死に内側に追いやって「ナマエ」ときつく名を呼んだ。
馬によじ登るダミュロンに続きキャナリが前に座る。比較的大きな馬であったために、三人目も跨ることができた。無言の敬礼の後、身を翻して魔物の群れに駆けていく彼の背中も、あの手と同じように赤の染みだらけであった。
どれだけの砂丘を越えたか覚えていない。潮の香りが近づくたびに、何かを吐き出してしまいたい衝動にかられた。歯の隙間から、乾いた息が漏れた。
海には艦隊が待っている。それに乗れば二週間ほどで帝都につくはずだ。後ろを振り返っても、そこにはもう誰もいもしないけれど。
それなのに。海岸を目前にして馬を止める。二人の肩越しに視線を辿れば、傾いて焼き尽くされた艦隊が、そこにあった。声など、でなかった。
呆然とする私たちの背後から耳をつんざく鳴き声が響いた。恐ろしくゆっくりとした動作でふり仰げば、あの憎く鋭い双眸を向ける巨大な化け物がいた。それは身をよじると体から何か鋭いものを逆回転させることでこちらに向かって放った。馬から飛び降りるも着地などできるはずもなく左肩から砂地に打ち付ける。嫌な音がした。
先程までいたところを見やれば、化け物の体毛が鋭い槍と化して砂に突き刺さっていた。逃げ遅れた馬は倒れることもできずに降り注いだ槍によって絶命していた。
化け物はもう一度身をよじる。三人はそれぞれ分かれて襲いくる槍を避けた。動かない左肩をかすめたそれのせいで、肩当が弾け飛ぶ。届かないと分かってはいながら剣を抜いて見上げれば、化け物は口を開いて小さな火球をまき散らした。友軍を、艦隊を焼き尽くしたそれがそこら中に轟音とともに放たれる。爆風に何度も吹き飛ばされて、握っていた剣はどこかへ行ってしまった。隣でどさりと音がした。見れば、ダミュロンも同様に吹き飛ばされていた。
ぬらりと眼前に二つの目が現れる。化け物が身をよじる。放たれた槍に目を瞑った。避ける力は、本当にもうなかった。どす、と重い音と共に左頬に砂がかかる。一拍遅れて感じた激痛に見やれば、あの槍が左肩を貫いていた。叫び声をあげたいほど痛いと思うのに、何の音も喉を震わせなかった。
気付けば、剣を抜いていたキャナリが槍が放たれる瞬間割って入っていたらしい。両足で踏ん張って立っている彼女の足元に、ぞっとするほど鮮やかな赤が滴り落ちている。
――違う。守られるためにここまでついてきたんじゃない。
震える右手で、左肩に突き刺さるそれを握る。あの人を、あの小隊を、守りたかった。ただ、生きて、帰りたかった。そのために、剣を振るっていたというのに。ぐちゅぐちゅと耳元で音がする。痛みはない。私の体を砂地に留めるこれを抜いて、いますぐに――。渾身の力を振り絞っているというのに、それは微動だにしなかった。
化け物が再び口を開く。おぞましい口に炎が集まる。それと同時にキャナリが弓を構え、どこに残していたのか矢を番えた。じわじわと矢先に光が満ち始める。炎が大きくなるのに比例して、彼女の矢先に集まる光も大きくなり、キャナリの体を覆い始める。
目も当てられないほどの輝きに、それでもずっと睨むように見つめていた。
そして。
二つの光が同時に放たれる。今までにない爆風に砂が抉られ、突き刺さるそれと共に吹き飛ばされた。その衝撃で槍は短く折れて転がり落ちた。誰かの背嚢が、上から吹き飛んでくる。視界が揺らいだ。
白む空の向こうの青さが、どうしようもなく憎い。うつ伏せのまま砂を掻くように前進した。二つの目がそこにあるばかりで、ふらりと立ち上がったダミュロンがそこにいるだけで。キャナリの姿はなかった。
「――!」
彼は剣を抜いた。化け物は身をよじった。獣のような唸り声が耳に響く。飛んでくる槍をかわす。彼は正面から放たれたそれを、剣で薙ぎ払った。甲高い音とともに刀身は真っ二つに折れた。
何かを叫んだような気もした。声も出なかったような気もした。
見開かれ充血した双眸が振り返る。柔らかに、目尻を細めた。
そして、立ち止まるダミュロンの心臓を貫く何かが、彼を殺した。
内臓を捻り潰すような痛みが脳内を駆け巡る。漸く喉から音を吐き出せば、口の中で新しい血の味がした。
私はひとり、残された。
▽ BACK TOP △