ドンドンと扉を叩き壊さんとばかりに強く何度もノックされ、流石に寝不足の頭でも目が覚めた。緊急事態か、と緩慢な脳でもそれくらいは感じたらしく、急ぎ眷属器を携えて扉を開ける。いつぞやより青ざめた顔をしたヤムライハが、そこにいた。


「ジャ、ジャーファルさん! 赤い石が八つすべてなくなりました…!!」


彼女の叫びに近い声に、血の気が引いていくような気がした。シンには、と唇が動くより先に足は動き、ヤムライハもそれにならって走り始めた。
嫌な空気だ。まるで、バルバッドのときのように息苦しく重たいもやが漂っているような。階段を駆け上がり、廊下へと踏み出した瞬間、ヤムライハが悲鳴に似た声を上げた。



*  *  *



「モルさんはアリババくんを」
「アラジン」


イスナーンの呪いにより気脈に張り付いた黒いルフは取り除いたけれど、アリババはまだ深く眠ってしまっている。それだけあれは強い魔法だったのだ。それでも、この事態に彼の目覚めを待ってはいられない。空を覆い尽くすような黒いルフが、息苦しい。
目が覚めたらすぐに、とモルジアナの不安な顔に笑って、行ってきますと部屋を後にした。
ぺたぺたと裸足で生ぬるい廊下を駆け、迷わず紫獅塔へと走り抜ける。ルフの濃さが尋常ではない。狙いはシンドバッドただひとりと見て間違いないだろう。


(間に合っておくれ…!)


ビリビリに破れたターバンが恨めしい。走っても走っても息ばかりあがり、どこまでも遠い道のりが続いているようだ。ぐぬぬと食いしばって足を前に出していれば、後ろから風が流れてきた。


「アラジン!」
「っモルさん! アリババくんは…」
「白龍さんたちにお任せしてきました! 走るなら、私が必要でしょう!」


文字通り風の如き速さで現れたモルジアナに思わず笑みがこぼれ、そうしている間にガバッと担ぎ上げられたアラジンは数分と経たないうちに中庭に運び出された。


「アラジン、ちゃんと捕まっててください」


言い終わらぬうちに、空が近づいた。



*  *  *



モルジアナが血相を抱えてアリババを俵担ぎで連れてきた少し後。白龍はベッドに彼を横たわらせ、それから壁に立てかける槍をみる。なくなった左腕の断面を包帯の上からなぞり、ぐっと唇を噛み締めた。夏黄文が後ろで何かを言いたげにしているが、彼は紅玉の従者である。右手でしかと槍を握り、あとは任せましたと告げて部屋を出た。モルジアナがどこへ行ったかは分からないが、気味の悪い空気は煌で散々味わってきた。この足は一直線に、紫獅塔へと向かっていた。


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