柔らかなベッドに埋もれながら、徐々にかすれていく痛みに目を閉じる。頭の先から爪先までを涼やかな水のような、風のような流れが通り抜けては包まれていく。遠くなっていく感覚にゆっくりと目を開ければ、黄金の光の粒がまるで雪のように降り注いでいた。頬に触れる手前で淡く消えていく光の粒は、身体の周囲より放たれる光の波から飛沫をあげて再び空から落ちてくる。何度目かの繰り返しを眺めていれば、緩やかにその粒は数を減らし、まばゆい光は消え失せてぼやけていってしまう。すうと吸い込んだ呼吸を最後に、ほんのりとした温もりを残してどこにも見えなくなった。


「今日はこれで終わりよ、おかしなところはない?」


ひょっこりとベッドに身を乗り出したヤムライハがぼんやりとしていたナマエの目の前で手を振る。気持ちが良かったの、と可笑しそうに笑って問いかけてきた彼女に頷き返せば、尚更ころころと笑ってベッドに腰掛けた。ナマエは息を吐きながら緩慢な動作で起き上がり、両手を握っては広げ、足先も同じように動かしてみる。もうすっかり、痛みはなくなっていた。


「今ならシンドリアを一周できそう」
「長く歩くのはだめよ、鎮痛作用が効いてるだけなんだから」


まだ安静に、と念を押されると動きたくなってしまうのは人間の性だろうが、それをしてしまうほど子供じみているつもりはない。笑って頷けば彼女もくすくすと微笑して、立ち上がってくるりとこちらに体を向けてから握っていた杖を腰の帯に差し込んだ。


コンコン。



扉を叩く音の後に続いた声に、喉が引きつる。ヤムライハが官服の裾をはためかせて、彼の待つ扉を開けた。半開きにされたその隙間から、紫の髪がなびくのを見た。


「調子はどうだい、ナマエ」
「シン、さん」


数言会話をして出て行った彼女は静かに扉を閉め切り、二人を空間に閉じ込めた。頭の中でぐらぐらと沸き立つような心地にひどくめまいがする。からからに乾いた舌が、たどたどしく言葉を探して単語を繋げた。


「……わた、し…」


脳の淵をなぞるような微弱な刺激が記憶を思い起こさせる。手のひらにかいた汗が、透明であることに気づいて息を吸う。シンドバッドは瞬きを繰り返したあと、一歩、距離を詰めた。


「すみません、本当に、すみません…っわたしが、シンさんを、」
「――俺は生きているよ。勿論、君も」


腿の上で握り締めていた手を覆うように、彼の大きな手が重なる。皮膚の下に流れる温かさが、垂れていた頭を引き上げる。
揺らがない双眸がナマエを射抜いて目をそらすことなど許されるはずがなかった。


「ならそれでいいだろう。君が責任を感じることはなく、ましてやその謝罪は誰の望むところでもない。君が本当に俺を刺し殺したい思いであったのならば、話は別だがな」
「っそんなこと……! 私は貴方方皆さんに恩義を感じているのです。それでどうして、傷つけることなんて…!」


自らの意思でなかろうとこの手が刺し貫いた事実は消えず、感触を忘れることもない。忘れることを、向き合わないことを許さないと告げた声が心臓を押しつぶす。
添えられていた手を両手で握り締め、額に近づけた。
――彼女は騎士であった。本物の騎士を、目指していた。この手は、この剣は、この身は、なんのためにあるのだろうかと説いたあの人の背が彼女の呼吸を詰まらせる。
この世界が、今の居場所であるならば。許さないと言ったその言葉が、この両足を世界に縫い付ける。


「……もう、私には誰も癒すことができません。治癒魔法が使えるからここに置いてくださったのに、それが使えないのです……でも、どうか、どうか、癒せないのであれば盾になります。ですから、まだ、ここに居させてください…っ」
「……君が本当に守りたい相手は俺じゃないだろう?」


伏せた目蓋の裏側で、否定の言葉を思い浮かべる。聖核に押しつぶされた四肢の感覚は遠い。ここにある体が動くのであれば、それだけが頼りなのだ。


「……騎士は、守るために在る。――義をもって事を成せ、不義には罰を。……私がここで、すべてを忘れて投げ出し、シンドリアを去るということは、貴方方に対する一番の不義であると思うんです。……何一つ……私はまだ、何一つ、返せていません」


それではきっと、カロルに怒られてしまう。小さな首領と仲間と定めた誓いは、今もナマエの心を縛る。剣を取ると決めた二度目の覚悟は、凛々の明星として力になるためのものだ。遠い世界でも、それは変わらない。だというのなら、言うなればこれは三度目の覚悟だ。


「……一つ、聞いてもいいかな」


やんわりと解いた手を布団の上に置いて、シンドバッドは装飾品が眩しい指先で彼女の肩を掴んだ。


「――」


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