ドラコーン様を将軍とするシンドリア国軍に仕える一武官である俺、アルサスは訳あり十三隊と呼ばれる隊に属している。何故訳ありなどといかにもな名称で呼ばれているのかは全くもって不明だ。俺自身も隊長、副隊長にもこれといって特別な事情を持ち合わせているわけではなく、強いて言うなれば隊長がドラコーン将軍、さらに言えばシンドバッド様と旧知の仲であるという一点のみである。流れる噂――恐らく根も葉もない――によれば、副隊長がその昔シンドバッド様暗殺を企て乗り込んできた張本人であったり、しかも人によってその主語が俺であったりとするのだからはた迷惑極まりない。どうしてこんな噂がよりにもよって俺の隊中心に流れるのかといえば、やはり前述したとおり将軍と国王と隊長が比較的多く会談しているからだと思われる。それにしても押し付け感が拭えない。
さらに最近その噂に拍車をかける出来事が、国軍初の女性武官の入隊である。文官になら女官はそれなりにいるが、前線で働くような武官に女性が居たなど聞いたことがない。元々そんなふうに呼ばれていた十三隊が前代未聞な女性武官を入隊させたことで訳あり、というのが強調されて再び広まったのだ。彼女に非はないが、この気まずさは困りものだ。隊長達はどこ吹く風と最早耳にも入れていない様子であるのだが、それは俺がまだまだ未熟であるからだろう。先輩を見習ってより鍛錬せねばなるまい。
話は逸れたが、つまるところ何が言いたいかというとその女性武官である。名をナマエ・ディノイアといい、俺より年若くどちらかといえば文官の方が似合いそうな女性だった。それも手合わせを少しすれば印象は百八十度変わり、見た目にそぐわず負けず嫌いで好戦的な人であると知った。見た目に騙されてはいけない。しかも意外と力強く肝が据わっている。笑えば綺麗な人だが、深窓の令嬢のような可憐さとは程遠い。そして喧嘩戦法である。お手本のような剣さばきから伺える荒っぽさは、もしかしたら商人の護衛なんかを生業にしていたからかもしれない。
ともかく、そんなナマエさんが隊に入ったことで晴れて十三隊は六人編成となり――通常の隊は十人から多いところで二十人だからいかに十三隊が不人気で変わった集団であるかが伝わっただろう――これから市場や謝肉宴の警備が如何程にか楽になると思っていた矢先の出来事だった。
「……ついこの間入ったばかりなのに、ですか?」
「シンドリア特有の気候と土地柄にあてられたのだろう」
隊長は元々口数の少ない人なので、それ以上に何を言うこともなくすぐに朝一の市民街巡回の仕事に取り掛かった。いつもなら鍛えが足りないだの情けないだのと罵倒するのに、その一言で終わるとは。将軍や国王と旧知の仲、という事実も相まって恐らく何かあるのだろうと考えには至ったが、それを確認するほどの意味が見出せなかったので押し黙ることにした。勿論、折角の女性武官がしかも十三隊にきて一緒に仕事ができることは純粋に嬉しかったので残念ではあるが、戻ってくるまでは何も聞かないのが賢い選択だろう。――俺も、ここに来た当初は確かに慣れない蒸し暑さと土地に根付く病に魘されたことがあるので、本当にそうなのかもしれない。妙な詮索は厳禁である。
毎日同じ仕事を繰り返しているのでたまに日付の感覚が狂い定かではないが、恐らく彼女が休みを取ってから一週間ほどだったかが経った頃。煌帝国の使節団が滞在してまもなく、朝市の警護を終えた休憩の間だっただろうか。仲間と別れて一人廊下を歩いていれば、向こう側から八人将のピスティ様とヤムライハ様が一人の見慣れない少女を連れて歩いてきた。――いや、見慣れないというのは間違いかも知れない。赤茶色の髪を後ろでひとつにまとめ、細い目は幼さに少し丸みを帯び、左耳にさげる赤いピアスは奥深い色を放っている。思わず立ち止まり、無意識に言葉を紡いでいた。
「……ナマエさん?」
ぴくりと少女の目蓋が声に反応する。続いて深海のような濃青の瞳がちろとこちらを伺った。
――いや、落ち着け。彼女は確かに俺より幼いが少女という年ではないし第一こんなにも背は低くない。明らかに若すぎる。けれど、どこをどう見てもあの国軍初の女性武官そのものである。
八人将への挨拶も忘れてしばらく驚きで惚けていれば、ヤムライハ様が視界をさえぎるようにふたりの間に立ちふさがった。
「よく似てるでしょう、彼女は妹なのよ」
「い…妹、ですか!? ――そう、そうですよね、てっきりナマエさん本人かと」
なるほど妹か。それならば似ていても納得できる。にしても瓜二つだが世の中にはそんな姉妹も多いことだろう。俺の世界が狭いだけだったか。
あははと驚きの分だけつい笑えば二人は顔を見合わせて釣られて笑っていた。はっとそこで我に返って馴れ馴れしさと失態とに頭を下げれば彼女たちは朗らかに笑って去っていった。
「……妹か、びっくりした」
三人の影が見えなくなるまで見つめていた。姉がさぞ好きなのか、近づきたいのか成り代わりたいのか知らないが、あまりに似過ぎるのも個性を失って生きづらいことだろうに。
俺は槍を握り直して赤蟹塔へと大股で向かった。早く武器を置いて食堂に行かねば少しの休憩時間が終わってご飯を食べ逃してしまう。それだけは避けたい。現金な腹が空腹を訴えて唸る。
よくよく考えれば妹とピスティ様とヤムライハ様の組み合わせも奇妙なものであったから、疑問に思えばつながるのだろうが、生憎とその時の俺にはよく回る頭は持ち合わせていなかった。脳内の糖分不足は思考回路の遅延を招くのだ。腹が減っては戦はできぬと先人も残している。まさにその通りだ。
食堂から漂う香ばしい香りに胃袋を揺さぶられながら、そのあとは十三隊の仲間と同じ釜の飯を食べ、午後の勤務に励む。明日も変わらず、あさっても変わらず。それでも、一度仲間となった彼女の席はいつでも十三隊にある。
シンドリアはいろんな人間が流れ着く。それでも一様に王と国が好きであれば、武官の仕事ほどやりがいのあるものはないだろう。読み書きが苦手なので文官の仕事ができないということもあるが。人が増えることは喜ばしいことだ。俺は一日でも早い復帰を願いながら、今日も隊長にしごかれに行く。筋肉痛が治らないのでそろそろ有給が欲しいと愚痴を零すあたりまだまだ俺は生半熱だ。卵の黄身は半熟である。俺は固ゆでになりたいのだ。
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