稽古終わりの清掃も、各隊ごとに順繰りに回ってくる。今日から七日間は赤蟹塔の掃き掃除から武器の手入れなどをしなければいけないと思うと、なかなかにつらいものがある。
全体の訓練が終わった後、各々が食堂などの自由行動の時間になるため赤蟹塔には十三隊の人間しかいない。今日も今日とて滝のような汗が流れ落ち、砂ぼこりやらなにやらがまとわりついて全身がとにかく気持ちが悪かった。袖口で頬を拭ったところで、余計に砂がつくだけだった。
――清掃を始めて半刻程、磨き終えた長剣を所定の倉庫に戻すために赤蟹塔の中を歩き回っていた。武器ごとや用途ごとに倉庫に置かれている備品は決められており、稽古用のそれらは緊急時の優先度を考えると、塔の奥の方の倉庫が妥当なために毎度それなりの距離を往復することになっていた。他の部隊は人数が多いためにそれほどまでに苦ではないが、如何せん十三隊は人数が少ない。この往復の所為で疲労は増すばかりである。


「ナマエさん」


最後の装具をしまい終え、錆びて回しにくくなった南京錠に苦戦をしていれば後方から最近よく聞く声が反響した。途中で引っかかったままの鍵を抓みながら、半身を翻せば案の定そこにはマスルールがいた。


「お疲れ様です。すみません、鍵を閉めたらすぐに行きますので」
「……それ、真面に閉めてるのナマエさんくらいですよ」
「……それは、寧ろ何かあった時に大ごとになるかと……」


思いもよらずにここの管理の杜撰さを知る。それとなくドラコーン将軍に注意喚起の名目で告げておこうと苦笑いを零すしかなかった。
未だにガチャガチャと閉まり切らない鍵に見かねた彼は、ナマエの手から鍵を攫って乱雑にひねった。漸く噛みあった音のした南京錠に、いつか折れちゃいそうですねと笑った。


「飯はどうしますか」
「私は大丈夫です。マスルールさんは?」
「さっき食ってきたんで」


ぽつりぽつりと話し声が落ちていく。
廊下に点在するランプの灯りを消しながら、仄暗い赤蟹塔を後にした。



*     *     *



灼けるような朝日が差し込む執務室は、漆喰の白が目に眩しかった。


「――現状、巡回範囲を広げてはいますが、目ぼしい手掛かりは何一つ見つけられていません」
「そうか、なにか確たるものが有ればいいんだがなあ」


執務机に肘を突き、広げた手のひらに額を乗せて憂う息を吐いたシンドバッドは、僅かに眉間に皺を寄せたまま、城下を見下ろした。朝市に賑わう喧騒がいとおしく、だからこそ、その皺は険しいものになっていく。
――停泊許可を持たない船舶がうろついている、偽装許可証が出回っているのではないかといった噂は、全くの嘘というわけではなかった。ここ最近になって停泊許可証を掲げていない船舶は確かに増えてはいたが、潮の影響がないとはいえず、毎年この時期になると相対的に増える傾向ではあった。それに関しては結論を出すには至らず、やはり潮の問題ではあるのだろうという見方が今のところ強いままである。しかしながら偽装許可証についてはそう楽観視もしてはいられない。シンドリア王国だけではなく、他国へ入国する際に必要な物の偽装物などあってはならないのだ。それは商会の信用を失墜させるものだ。現段階においては検問を強化しており、国に持ち込まれるすべての品を検品している。そのために時間も労力も大幅にかかってはいるが、弊害を考えれば致し方ない部分ではあるのだ。


「――それでジャーファル、偽装許可証の話はどうなってる?」
「許可証の通し番号と商会に登録されている番号が合致するかの照合は行っておりますが、時間もかかるため新規の商船以外は見逃している状況です。確認のために往復で何日もかかるような作業をすべての商船で行っていれば、貿易が損なわれることは必至でしょう」
「どうにかしてそれは簡略化するルートを早急に作らないといけないな」


ふうと二人分の溜息が重なり、執務室にわずかな沈黙が通り過ぎた。その時、俄かに外の喧騒の質が変わったように感じられた。シンドバッドが椅子から立ち上がるのと、盛大な足音とノックの音が響いたのは殆ど同時であった。


「シンドバッド王!」
「どうした、何かあったのか」
「南海生物が先程包囲網を突破いたしました!」


ジャーファルと見合わせた顔は、恐らく互いに似たような顔をしていたであろう。南海生物が現れたということは、今夜は謝肉宴が催される。シンドリアにとって多大な収益につながるそれをやらないという選択肢はないが、対策は練っておかねばならない。


「――では、八人将を集めようか」


その声で報せに来た武官は再び走り去って行った。南海生物は巨大なため、早く対処しなければ甚大な被害を受けかねない。彼らは早々に話を切り上げ執務室を去り、それが蠢いている場所へと急ぎ足を進めた。


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