眷属器を使えばシンドバッドにもこの事態を暗に告げられる。縄票に雷を纏わせてはいるものの、今のところ増援の兆しはない。
双剣の男自身に魔法を扱う力はないようだが、恐らく屋上で潜めている中に魔法使いがいるのだろう。捕らえようとした攻撃を何かで弾かれ、薄ぼんやりとした霧によって男を投影させては分身を作っているようだった。


「くそッ」


靄の奥でナマエが巨体の男に弾かれたのを見た。向こうに援助したいところだが、そうすると上空から水系魔法の阻害を受けるのだ。
男の振りかざされた右手をいなして捕らえ、腹に一発足蹴を食らわせる。男の体と脚の間に何かが入りこむ。浅い。しかし、縄票を右手には括れた。すぐに身を起こして体勢を立て直した男は、いきおい振られた左を逆手に取り、足を掬って背中からタイルに叩き付ける。その隙に上体ごとくくりつけ、周囲の酸素をかすめていく霧の中からの脱出を試みるべく、屋上へと飛び移ろうと手頃な廃材を足場に駆けのぼる。双剣の男を置いていくにも危ういので仕方なく襟元を掴みながら、である。喚かれるのも面倒なので、仲間がいる建物とは離れた場所で絞めて意識だけ落としておいた。まずは一人。


「やっぱ口だけだよ、あいつ」


前方の屋上にはやはり五人の男と、小さな何かが横たわっていた。


「――相応の売り方があるんだよ。身綺麗そうな身体はとくに」


顔はやめろだの、売り飛ばし先など淡々と話す声が聞こえてくる。すぐに救けに向かいたいが、上空から攻撃されれば反撃の隙を失う。
縄票をぎゅうと握りしめた。


「ひとまず逃げるべきだろ、これ以上は損失がでかい」
「顔を見られてる、面倒だろ」


小さな、けれどもぞもぞと動いている布袋を男の一人が担いだ時だった。


「たすけて……」


くぐもった声ではあったが、紛れもなく少女の声だった。
――確かに、その担ぐ布袋は年端も行かないような少女が入るには十分な大きさだ。ぞわりと背筋が粟立つのを感じた。他人の人生を、踏みにじって蔑ろにしようとすることなど誰もできることではないというのに。


「ここまでしておいて、シンドリアから逃げれるとでも?」


五対一。うち武器を所持していないものが一名。つまりはそれが魔法使いだと考えていいだろう。少女を人質に取られる前に救い出したい。周囲に先程のような霧が蠢き始めた。


「うぐぁあああ」


短い叫び声が下から聞こえる。次いで、鈍い音が数度。その後、配管を叩くような音が何度か聞こえたと思うと、黒い影がふわりと静かに現れた。
その影は素早く布袋を担ぐ男だけを上段から切りつけると、腹に一発、そして折れ曲がった体を掬うように顎に向かって蹴り上げた。緩んだ拘束から布袋が放り出される。投げられた先は、何もない空だった。


「ナマエ!」


躊躇なく再び屋上から飛び降りた彼女は、袋を抱えながら落ちた。青く光る双眸が、こちらを見据えた。――どくりと鼓動が跳ねる。薄霧の中で、彼女の耳朶から下がるピアスの反射が、埋もれていった。その身体を、縄票でとらえる。二人分と言えども女性と子供ならば相応に軽く、ジャーファルのいた建物側に引っ張れば彼女も縄に引かれながら壁を蹴り上げて再び屋上へと戻ってきた。
近くで見れば、彼女の流血も酷いようだ。はやく片をつけなければ、彼女も、彼女の部隊の仲間も危うい。
背後でナマエが布袋の口を開けると、暗闇でも映える麦畑の髪をした少女がいた。ぼんやりとしていて意識も曖昧な彼女に笑いかければ、その大きな瞳にいっぱいの涙の膜が張る。


「っう、あ、わ、わたし」
「大丈夫。すぐに、家族のもとに帰れるから。ここで、少し待っていて」


涙をこぼしながら頷く彼女の眦を撫でてから、立ち上がる。ナマエはこめかみから流れる血を乱暴に拭いながら、短剣を握り直した。――気配が揺らいでいる。彼女のこれほどの殺気立った気配を初めて感じた。いや、あの十年前の彼女と似たようでいてより鋭い殺気だ。構えながら、彼女は苦い声音で言った。


「もう一人の仲間が、見つからないんです、だから、」
「五人ならすぐです。貴女の怪我もひどい、早々に片をつけましょう」
「――はい」


すっと細めた目が、彼らを睨みつけていた。


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